デート2日目。待ち合わせも面倒になっていて、今日は現地集合。一夜消費して考えたデートコースはこうだ。

 近くに有名な小動物カフェが出来たのでそこに行く。その後に漫画喫茶で時間を潰して解散。カフェばっかりにはなってしまうが今時の高校生はそんなもんだろう。

 カラオケも考えたが俺が苦手なので却下した。流行りの音楽を知らないどころか合いの手すらできる気がしない。よってデートコースは小動物カフェから漫画喫茶という流れに決まった。

 目的地に着くと一足先に栞がいたようで手鏡で前髪をいじっている。

「お待たせ」

「おはよ、氷室くん。デートなんだから男子は先に着いとかないと」

「男女差別反対だ。栞は女なんだから俺の言う通りにしろ」

「いい性格しすぎでしょ」

 無駄口を叩きつつ小動物カフェに入る。ドアにかけられていたベルがカランカランと音を鳴らし、(ほの)かに野生的な匂いが鼻を撫でる。

「わっ!うさぎ!かわいいー」

 店に入ると是非も言わさずスリッパに履き替え一直線にウサギの元に向かう。が、ウサギに伸びた手は店員さんに止められ消毒や説明などをさせられていた。

 説明が終わると基本自由にして良いらしく、ハムスターなどのいるショートゲージを見るもよし、ちょこちょこ動き回るウサギと戯れるのもよしらしい。

「膝に乗ってる!見て!写真撮って!ほらっ!」

 早速ハイテンションで呼びかける栞をスマホでカメラに映す。自然に栞の姿に目がいく。深緑のジャンバーにジーパン。見たことのないダンディな組み合わせにベージュのニット帽。いつもより少し赤みの濃い唇はセクシーでカッコいい。

 俺よりクールなのやめて欲しい。メイクの仕方が違うのか、いつもより鋭い目つきは小悪魔感がある。

「何で小動物カフェにしたの?氷室くんにしちゃ可愛すぎるんだけど」

「雨の日にうさぎ見たいって言ってたの思い出してな。あとフリータイムのカラオケより安いし」

 ぐでーっとした顔のウサギを撫でながら栞はコクコクと頷く。それなりに満足していただけたらしい。

「でも氷室くんの気遣いってたまに怖い」

「悪かったな。良い性格してるんだ」

「さっきのちょっと根に持ってるじゃん」

 栞は「ねー」なんて何も知らないウサギに語りかけている。微笑ましいことこの上ない。

 栞の周りにはウサギが2、3匹マーキングしているのに対し、俺は残念ながら一匹も寄り付いてくれない。

「なんか俺嫌われてね?」

「氷室くんの近づいてくるなオーラは他の追随(ついずい)を許さないからね。この子たちも分かるんだよ。氷室くんには近づかないでおこうって」

「何だそれ、悲しすぎる。来世ではもうちょっと人に優しくするか」

「来世なんだ」

 今世はもう諦めてる。来世に期待だと考えながら栞の太ももに鎮座しているウサギに目をやる。

 サラサラな毛並みは真っ白なのに、クリッとした瞳だけは真っ赤に染まったウサギは、ショートケーキのいちごを彷彿とさせる。カフェというだけあってメニューもあり、ウサギたちにも食べられるようなお菓子が買えるらしい。

「このジャガイモスティックって言うの買うか」

「へー、私たちだけじゃなくて氷室くんも食べれるんだ」

「ナチュラルに俺と栞の間に壁作るなよ」

 最近栞の毒舌に拍車がかかっている気がしないこともないが、気のせいだと思おう。それか心を開いてくれた証だ。

 ポジティブ思考を巡らせながらジャガイモスティックとやらを貰うとゾロゾロとウサギたちがやってくる。

「コイツら……俺は召使(めしつかい)じゃねーぞ」

「そんなこと言いながら食べさせてあげるんだね」

「可愛いんだからしゃーねぇ」

 だってこんな可愛い顔で見つめられたら無理だ。チョクチョクと前歯で噛みながら食べ進める。何この可愛い生物。

「私にもちょーだーい」

「ああ、うん」

 ジャガイモスティックが入った紙コップを栞の方に持っていくが取ろうとしない。

「あー」

 栞の方を向くと口を大きく開けている。どうやら食べさせろということらしい。平日ということもあり、人はごく少数なのだが、恥ずかしいものは恥ずかしい。

はあく(はやく)

「分かったよ」

 ポテトを口に運んでいくとウサギのようにちょっとずつ噛んで食べ進めていく。何この可愛い生き物。

「ふふん、ありがとね」

 栞とウサギに餌付(えづ)けを終えた俺たちはショーケースに入っているハムスターを見にいくことにした。

「かっわいいー!」

 イメージ通り歯車的なのをぐるぐると走って回すハムスター。少しふくよかなボディで動き回るその姿は小学生の運動会のような和やかさがある。

「良かったら触ってみますか?」

「いいんですか?!」

 店員に声をかけられ嬉しそうに飛び跳ねる栞は、ウサギと大差のない可愛いし奥ゆかしさがある。

 店員さんがゲージを開け、ケースから脱出したハムスターはちょこんと栞の手のひらに収まった。ピンクの細い手でがっしりと栞の手を掴む。大丈夫。まだ嫉妬してない。

「可愛いねっ」

「だな」

「あー、可愛いなー」

 ハムスターと俺を交互に見ながら栞は呟く。俺と比べて可愛いって言ってるのなら大抵のものは可愛いだろ。ゴリラですら可愛いと言われかねない。

「可愛いなぁ」

「分かったって」

 何度も俺の方をチラチラと見ながら呟くので強めに相槌を打ち読点を打とうとする。

「違うの!そういう時は私の方が可愛いよって言ってくれなきゃ!」

 初デート2日目の俺には無茶な要求だろ。あれは俺に可愛いって言って欲しかったのか。どう見ても俺よりハムスターの方が何倍も可愛いぞ。と訴えてるのかと思った。栞は今からでも遅くないと目で訴えかけてくる。

「私の方が可愛いよ」

「違うっ!」

 ハムスターを落とさないように両手で大切に抱えながら左肘でつっついてくる。ほんと、可愛い。今日これしか言ってない気がする。

 もう少しハムスターを愛でた後、ショートケースに返し、元いた場所に戻る。ウサギのインパクトが強くて気づかなかったがネコも中には何匹か混ざっている。

 その中に一匹、端の方でこちらを見つめる黒猫を見つけた。紺青(こんじょう)色のつぶらな瞳に吸い込まれるように足が向かった。

「どうしたんだ。お前。混ざらないのか?」

 俺がしゃがみ込んで会話を試みると、「ミャー」と言う相槌が返ってくる。と、後ろから足音が聞こえてくる。

「ニャーオ」

 俺の隣にしゃがみ込んだ栞が本格的に会話し始めた。黒猫は困ったようにすぐ近くの壁まで後ずさる。

 その気持ちはすごく分かる。急に話しかけてくる人から距離を置く姿に自身を重ねると愛着が湧いてきた。

「なんか氷室くんみたいだね」

「俺もちょうど思ってたところだ」

「初めて話しかけた時にキョロキョロするとことか」

 バレてたのか……。努めて冷静に返したつもりだが栞の目は欺けなかったらしい。

「最近はそうでもないだろ?許してくれ」

「まっ、私としては男友達の1人や2人使って欲しいところではあるんだけどね。これからが心配だよ」

 出た。友達いないやつ可哀想って思考。その思考がすでに俺からしたら可哀想なのだ。

「俺は今まで友達を作らずに17年過ごしてきてんだ。友達ってあれだろ?一緒じゃないとご飯も食べられない。トイレも行けない。移動教室すら1人でできない。そんな弱小生物になり下がるつもりはないね」

「すっごい早口だ!」

 2人で苦笑しながら見つめ合う。俺の孤立ゆえの至高たる思考に賛同したのか黒猫が俺の足に自分の毛をなすりつける。

「お前も分かってくれるのか……そうだよな。群れるのは弱い奴がすることだもんなー」

「私今まで猫にこんなに気持ち悪い語り掛けをしてる人見たことないよ。見たくもなかった」

 どうやら栞は共感してくれないらしい。別に支持が欲しいわけじゃないので問題ないけど。俺は唯一の理解者を膝に抱えて撫でる。

 かすかな獣臭とそれを上書きするように高いシャンプーの匂いがする。黒い艶のある方は違い、ピンクの肉球は愛らしい。

「よしよし。猫ってこんな感じの手触りなんだな。ふわふわしてツヤツヤしてる」

「本当に氷室くんに似てるよね。黒いとことか」

「腹黒ってことか?悪口じゃん」

 性格は悪くないだろ。ほら、いい性格してるし、俺。現実逃避をしていると栞が説明をしてくれる。

「違う違う。いや違くもないけど……ファッションセンスとか、真っ黒じゃん。氷室くんの髪の毛もふわふわでツヤツヤだし」

 そう言って栞が俺の髪をポンポンと撫でる。避けようとしたが膝の上に黒猫を乗せているので断念した。

「極度の面倒屋店長こと俺でもリンスだけは毎日やってるからな。じゃないと朝起きたら爆発してんだよ」

「見てみたいかも」

 近くにあったブラッシングを手に取り毛(づくろ)いしながら会話する。

「すごい、クセになりそう」

「氷室くんって思ったより動物好きなんだね。私より楽しんでるじゃん」

 確かに栞はウサギから愛想を尽かされ、シカト祭りだ。

「悪い、栞も触るか?」

 手をどけて黒猫を見せる。俺の驚きの毛繕いスキルにより、明かりを反射し(つや)に文字通り磨きがかかっている。

「ううん、大丈夫。猫の毛好きなの?」

「触るのは結構好きかもな。ただ飼うとなれば話は別だ」

「そうなんだ……私の髪の毛ならいつでも触り放題だよ?」

「んな気持ち悪い趣味ねえよ」

 拒絶したのが不服だったのかむすっとした顔でこちらを見てくる。視線が怖いので自然に口からフォローが漏れる。

「なんだ、その……綺麗だとは思うぞ」

「えへへ、触る?」

「触らないって」

 その後はやけに自分の髪の毛を触らせたがる栞をあしらってカフェを出た。次は漫画喫茶。ここから徒歩数分で行ける名の知れた漫喫だ。

「次はどこ行くの?」

「漫画喫茶。すぐそこだ」

漫喫(まんきつ)ね」

 最近の子は漫画喫茶のことを漫喫と略すらしい。その理論だと久遠は最近の子じゃないな。てか漫喫って絶対、満喫と掛かってるだろ。誰が考えたかも知らないダブルミーニングに感心しながら街中を歩く。

 二つ程信号を挟んで裏道に入ると想像より数段オシャレな店が見えてきた。白い壁に筆記体で書かれた店名だけだと美容院か何かにしか見えない。

「おお……」

 栞も感嘆の声が漏れ出ている。店を教えてくれた久遠には感謝しないと。そういや久遠と遊ぶ件もあったな……。

 俺が先導しつつ中に入る。ホテル顔負けのオフィスに暗めの照明。流れているジャズが安息を与えている。

「2人用1部屋ですね。部屋にあるパソコンやコンセントは使って頂いて大丈夫です。読んだ漫画はまたある場所に返してください」

「分かりました」

 ルームキーと漫画一覧表を貰い部屋に向かう。

「漫喫だけどネカフェみたいだね」

「兼ねてるっぽいな。漫画だけじゃなくて小説もあるぞ」

「漫喫に来た意味ないじゃん」

 栞は苦笑しながら近くにあった小説を二、三冊手に取った。どの口が漫画喫茶を語ってるんだ。

 ドアを開けると1人用のソファーが一つ。ヨギボーらしき物が一つにカウンターテーブルが壁に貼り付けられていて、椅子が横並びに二つある。想像よりも広い。テーブルの上にはパソコンも一台開いた状態で置かれてあった。

「思ったより広いねー。クッションもーらいっ!」

「俺は小説取ってくる。ジュースも飲み放題らしいから何か取ってこようか?」

「ほんと?じゃあブランドコーヒーお願い」

「俺特製のブラッドコーヒーおみまいしてやる」

 笑い声を聞きながら俺は小説を借りに行く。何十個と言う本棚が並べられていて、本棚コーナーと部屋コーナーに分かれているようだ。小説や雑誌、参考書にもちろん漫画など、いろいろな種類の本が並べられている。

 本屋や図書室なんかで自分が持っている本を見つけた時の興奮は何にも変えられない。それだけでテンションが上がるのだから一種の薬物だ。

 流れるように小説コーナーに入り、読んだことのない小説を3冊ほど手に取る。片手が塞がってしまったのでコーヒーだけ片手に栞のもとに戻った。

「はい、コーヒー」

「ありがとー。氷室くん何の本持ってきたの?」

「ミステリー小説かな。一気に読むならこれに限る」

「ミステリー小説は推察の時間あってでしょ!休み時間に読んで授業中に考察するの」

 俺の持ってきた本の表紙を見ながら問題発言をこぼす。休み時間に推理小説を読むと犯人を深読みしすぎて授業は頭に入らないし、板書は伏線を並べた考察ノートになるからやめた方がいい。

「授業中に事件のことしか考えられなくなるから読まないんだよ。授業が頭に入ってないだろそれ」

「私はいいんですー。複素数なんて使いませーん」

「複素数って何だっけ……」

 微分法だの積分法だのわかんねえっつーの。どんな法律だよ。栞は他にも俺が持ってきた本を見ている。俺の持ってきた本は全て推理小説だ。

「あっ!これ私も持ってきたよ!一緒に読んで考察しよ!」

「良いな。どうせだし罰ゲームつけよう」

「じゃあ……何でも一つ言うこと聞く!」

「ありきたりだけどそんなもんか」

 2人して目が合うと優しい眼差しで睨み合う。俺も栞も負けるつもりなど毛頭無い。真剣に本と向き合う。

 微かに流れるジャズもページを開けば聞こえてこない。いつもより丁寧に、ゆっくりと文字を追いかける。不自然な表現描写を見逃さないよう、トリックやアリバイを全て疑う。

 半分が過ぎ、主人公と容疑者候補たちのアリバイも回収し終えた頃、ここら辺でと言わんばかりに栞がぱたんと本を閉じた。

「よし、じゃあ第一回考察大会開始!」

 自慢げに花を高くする栞は、私はもう犯人が分かりましたよと顔に書いてある。俺は自信満々の栞に先制攻撃を仕掛ける。

「俺はこの主人公に付き纏ってるやつが犯人だと思う」

「私はこの主人公の友達かなー」

 その後も一章を読み終えるごとに考察大会が開かれた。犯人の予想が被ったり、俺がアリバイ偽装に気づいたりもしたが、結果は……

「私の勝ち!ほらねー。怪しかったもん!」

「マジか……どんでん返しが凄すぎる」

 「もう一戦!」と言いたいほど悔しいが男として負けを認めないわけにはいかない。ここは素直に罰ゲームを受けることにする。

「で、何をすれば良い?」

「うーん、そうだなー。あんまり考えてなかった」

「おい考案者」

 見切り発車もいいとこだ。と言ってる俺も物語に集中し過ぎて何も考えてなかったので人のことは言えない。栞のことだしジュースやら晩飯やらを奢られそうだ。

 財布の中に何円入っていたか記憶から引っ張り出していたが栞のお願いは予想を大きく外れてきた。

「じゃあ相性占いしよっか。ちょうどパソコンあるし。もし私たちの相性が良かったらどうする?」

 上目遣いで聞いてくる栞に胸が跳ねる。そのせいか答えるのに時間がかかった。

「どうもしねーよ。むしろ悪かった時を考えたほうがいい」

 俺の返答が気に食わなかったのかムッとした顔でパソコンの前の椅子に座った。

「てか相性占いで何すんの?誕生日?星座?」

「これです!血液型占い!」

「血液型って……」

 人間が4パターンで分けられるわけない。もうちょっとバリエーションが無いとリアリティにかかると思うのは俺だけでは無いはず。

 血液型の相性占いとかパターンが16通りしかない。人の交友関係が16通りであってたまるか。いや、関わらないという関わりを入れるなら17通りとも言えるか。なんて考えてしまう。

「いいじゃん血液型、赤い糸って感じしない?」

「そんな血で塗れた赤い糸いやだろ」

「はーい、罰ゲームは絶対でーす」

 まだ怒りが冷めてないのかドゲのある声で否定された。栞は『血液型 性格』とキーボードで打ちリズムよくエンターキーを押した。

「この『血液型別性格と恋愛相性』っての見よ!氷室くんって血液型何?」

「O型」

「ぽいね。何にも属さない感じ」

「全世界のO型に謝れ」

 怒りのパラメーターが下がった栞はいつもみたいに毒舌で俺を攻撃する。怒ってるとはいえ、俺も反撃の手は緩めない。

 この遠慮のなさは初めて会った時にも感じた気がする。第一印象と大きく変わった気がしていたが、根っからの部分は元から同じだったみたいだ。

「えーっと、O型の人はおおらかで存在感抜群……リーダーシップを発揮することも……氷室くん。嘘はよく無いよ」

「俺は正真正銘O型だ。確かにおおらかでも存在感抜群でもリーダーでもないけどO型だ」

 細かいこと気にするし存在感はもちろん無い方。リーダーなんて、もってのほか。自分がO型か不安になるレベルだ。

「1人は好きだが孤独は嫌いだって」

「孤独も大好きだ」

 と言うか孤独と1人の違いはいったい何なんだ。俺は1人でさっきの黒猫が孤独ってイメージでいいのだろうか。

「お腹すいたと眠いが口癖……ちょっと近いね」

「言うほど近いか?」

 俺の口癖は「はいはい」と「期待すんなよ」ってところか、割りかし似てるな。めんどくさい的なニュアンスを含んでいるところが。

「と言うか栞はなんなんだよ」

「私はA型だよ。えーっとね、几帳面で真面目、優しくて控えめだって」

「くっそ、なんかちょっと納得できるのが腹立つな」

 栞は「残念だね」なんて笑ってくる。いや、どこが優しいんだ。栞の体に本当に控えめな血が流れているのだろうか?全くと言っていいほど腑に落ちない。

 そういや前にもそんな感覚に(おちい)ったことがあったな。花言葉の時だったか、大胆不敵と言われた久遠はまさに的中。俺はアルミストローマニアみたいな名前の花が誕生花だった。花言葉は小悪魔的誘惑だとかでズレていた感じがする。

 俺は占いブレイカーなのだろうか。違う、これは情報セレクションバイアス的なアレだ。選んだ情報が(かたよ)ってる的なやつ。

「自分っぽいのだけ選んでるだろ。俺にも見せてみろ。ほら、好きな人には意地悪で少し口が悪くなるだって」

 適当に目に入った文を読み上げる。的中したのか俯いて目を合わせようとしない。好きな人に意地悪。そう言う人がいるのだろうか、胸の奥がモヤっとする。

 そんな気持ちと栞から目を逸らすように次の文を読む。

「たまに自分ルールが発動するだって。これはあるよな」

「嘘?無い無い」

「いや、昨日、次は俺の番とか言ってデート案組まされたんだがそれは自分ルールじゃないのか?」

「うっ……」

 (ひる)んだ栞に追い討ちをかけるようにどんどん下にスクロールする。すると相性占いの記事に移行した。

「おっ、一番相性がいいカップルの血液型は……O型男子とA型女子…………」

 俺が読み終えると同時に沈黙が流れる。急に顔が熱くなる気がした。栞の顔も赤くなっている。

 部屋に流れる曲よりも自分の心臓の音の方が大きく聞こえる。どんどん早くなる鼓動を抑えるようにゆっくり息を吐いた。

「悪いってことはなさそうだな……」

「そうだね……」

 俺はそれ以上何も言わずにソファーに戻った。照れ隠しだと言われても仕方がない。でもしょうがないじゃないか。相性がいいなんて言われて何も思わない年頃でもないのだ。いやでも意識してしまう。

 栞も本を手に取ってはいるが俺と同じように物語に入り込めてはいないのかキョロキョロ辺りを見回している。

 栞も俺の視線に気付いたのか目が合う。たった数秒、互いの距離は5メートル弱。レンズ越しに繋がった視線は離れることなく、時間が引き延ばされたように感じる。

 心臓が波打つ音が聞こえる。栞の息遣いが鼓膜に伝わる。俺の想いが伝わりそうで怖い。ああ、俺多分、栞のことが《《好き》》だ。

 自覚と共に顔を本に逸らす。おそらく俺の顔は真っ赤だ。まだ鼓動も少しばかり早い。栞が声を掛けてこないことが救いだった。

 それからはいつものように本を好きに読んだが、俺はほとんど頭に入らなかった。好きだと自覚すればするほど、複雑に絡み合った感情が押し寄せる。

「帰ろっか」

「そうだな。そうしよう」

 いつもより静かな栞のことも気になったがそれを気遣える余裕は持ち合わせていなかった。

「今日は楽しかったよ!ありがと!」

 店から出てすぐ、満足げな笑顔を向けてくれる。早く1人になりたいという気持ちとまだ栞といたいという気持ちが拮抗する。そしてまた、そんな気持ちに思考が妨げられる。

「楽しんでくれたんなら万々歳だ」

「なんか氷室くんちょっと変?」

 なんの躊躇もなく距離を縮めてくる栞を俺は見続けることしかできない。後ろに下がろうとする足がもつれる。

「そんなことないだろ」

 自分でも分かる。はぐらかす言葉もいつもより力がないし、本調子でもない。そっと、栞の白い手が俺のおでこに当てられる。

「熱くない?大丈夫?」

「気のせいだって」

 柔らかくて冷たい栞の手のひらを払いながら話を変える。それと同時に駅につき、会話しながら電車に乗る。

「そういや一昔前の本読んでたよな」

「そうだね。読んだことなかったから」

「有名だったろ?読んだことなかったのか?」

 超がつくほどの有名作品。マウントを取っているわけでも誇張でもなく、本好きじゃなくても名前は知ってる作品のはずだ。

「前に言わなかったっけ?本読み始めたのここ2年前ぐらいからなんだ」

 栞の家の本棚には最近の本がほとんどを占めていたことを思い出す。それと同時にあのノートも……。明るい話をしているのが不思議なぐらいのノートだったはずだ。電車に揺られながらそんなことを考える。

「あのさ……」

 間が悪く、俺が口を開けたと同時に栞がバイバイっ!と駅のホームに駆けていく。俺も小さく手を振り返す。どっとぶり返す疲れを感じながら俺達のデートが終わった。

 俺たち3人の歯車はこの日を境に別のものへと変わっていった。