私は、ここ数週間のうちに、颯の事で知ったことがいくつかある。
まず、彼は私よりひとつ上の高校3年生、18歳だと言うことだ。
先輩にタメ口だったのだと知った私は、急いで敬語を使おうかと持ちかけたが、君の好きにすればいいよ、と本人に直接言われ吹っ切れてタメ口で話している。
そして彼は、意外にも、ほとんどの時間を1人で過ごしているということだ。
友達がいない。
なんてことはなく、移動教室も誰かと行動している。
だから、休み時間もきっとクラスの中心の輪の中にいるんだろうと考える方が自然だった。
ただ、彼はどうやら1人が好きらしい。
中庭で仰向けになって本を読んでいたり、昼休みには階段でお弁当を食べていたり。
いつもいつも、彼の周りにはゆったりとした独特の時間が流れている。
行動派過ぎて先生に怒られているところも何度が見たけれど。
そして、何より驚いたのは、彼が案外、嫌われているということだ。
真帆に聞いた話によると、その率直に思ったことをぶつける性格や、目を引く容姿で女の子達からかけられた鎌を弄んでいるところがどうにも気に食わない人が多いらしい。
実際、恋愛に関してはクズと言えると思う。
私は勝手に彼を、皆から愛される才能のある人間なんだと思った。
もちろん、彼は持ち前の明るさで集団の中心にいることが多いけれど、彼の性格は万人受けではない。というか、彼自身が誰かに好かれたくてしている行動はほとんど無いのだと思う。
知っていることが増えた反面、もちろん彼について謎が深い部分も増えた。
例えば、彼の生活についてだ。
彼は、両親とか、家族とか、家とか、そういう類の話を一切しない。
初めはただ、人と人との距離間としての礼儀作法かと思ったが、彼の場合はどうも不思議だ。
やんわりと、俺にその話をするな、と言うような空気を纏ってくる。
だから、私は彼のそういう部分について深く触れないようにしている。
後は、彼がいつも長袖を着ているということだ。
夏も本番となっているのに、彼はいつも、長袖のワイシャツを着ていて、それを断固として脱ごうとしない。
私が見る限り、汗すらあまりかかないようで少し心配になる。
色白で細い体を見ていると、倒れてしまうのではないかと思うが、彼の瞳は依然として芯のある瞳のままだった。
そして私に対する距離感も、ぐんと詰められた気がする。
私は、ここ数週間もいかなる方法で死んでやろうかと、死に場所を見つけては試そうとしたが、そこには颯がいた。
何度も何度も助けられるとそろそろ自殺も嫌になってくる。
しかし、私にとってこのままの生の方が嫌なのだ。
彼に事実を見透かされたところで、私の中にあるものは溶けてはくれない。
ずっとずっと、抱えてきた爆弾は、私の中に居るのが業であるかのように、ちらちらと顔を覗かせてくる。
これだから私は、変われないのだ。
むしろ、変わることが怖いのだ。
そして今日こそはと、この公園に死ににきた。
近くにあった花をロープ状にした。
1時間近くやっていたから随分と頑丈なものができた気がする。
ゆっくりと木にかけ、首に通す。
周りに人がいないことを確認して、花のロープの端をつかんで、乗っていたベンチから飛び降りる。
苦しい。
息が詰まった。
花をこんな使い方するの、私くらいだろうなあ。
苦し紛れにそんなことを考えた。
でもその苦しさは、そう上手くは続かなかった。
また、あの、お日様のような匂いがした。
「はい、おしまーい」
颯抱きかかえられ、そのまま芝生に寝転がされた。
彼は鼻歌を歌いながら横に座ってくる。
今回ばかりは、死にたくてしょうが無かったら、無性にイライラしてしまった。
だからつい、口走ってしまった。
「もうやめてよ…、そこまで私に構って何がしたいの?あんたみたいな人間には、人の心の傷なんてわかんないでしょ」
彼は、少し寂しそうに笑った。
「分かるよ」
なんでそんなに強い瞳で言えるのか、理解出来なかった。
前に、私の何が分かるの、と聞いた時、彼は素直に分からない。と答えた。
今、人の傷が分かるの、と聞くと、分かる。と答えた。
彼はいつだって自分にも、他人にも素直だ。
ずっと見てきたからそれぐらいは分かってる。
でも、どうにもこの人が信じられないのだ。
この人の背中を見ていると、自分が惨めで惨めで仕方なくなって、死にたい気持ちに拍車をかけてくるのだ。
だから、彼に自殺を止められるのが、どうにも、嫌だった。




長い沈黙を彼が突然打ち破った。
「涼華はさ、なんで本音を避けるの?」
また、胸がドキッと痛んだ。
何故か彼には、私の本当を見破られてしまう。
「言いたいことはちゃんと言ってるよ」
嘘をついてしまう自分が嫌いだ。
「どんな時だって君は、最善を、選んでるじゃん」
そうだ。確かにそうだった。
彼に見られていたんだろうか、私がクラスで話すところ。
彼ならそれを見れば多分、すぐに分かってしまうだろう。
「それの、何が悪いの」
私はこういう生き方しか出来ないのだ。
「悪いんじゃない、辛いだろって、言ってるんだ」
目を見開いた。
こんな風に私の感情に気付いてくれる彼に、とても、とても驚いた。
彼はもしかしたら、知っているのかもしれない。
人に好かれ続けることの辛さを。
私のことを、彼には伝えても、いいのかもしれない。
そう思ったけど、すぐに頭を降った。
だめだ。
私は、1人で生きていかなきゃいけないんだから。
「帰る」
そう呟いた私の顔は、どんなに無様だっただろう。