家庭教師リグランがリゼラルア家に訪れてから二ヶ月が経過した。

「フレイム」

火魔法の初級の魔法を発動させる。
術式は十三段重ね、イメージは銃を打ち出すイメージ。
魔力を固めて、イメージを顕現させる、手のひらから打ち出される火の玉。
それは勢いよく飛んでいき、大岩に衝突すると大きな音を立てて爆発した。

「まぁまぁだな。無属性魔法の完全な習得もまだだし、こんなもんだろ」

俺の魔法を見ていたリグランはそう話しながら俺の横に歩いてくる。
ここは俺の家の近くの森、俺とリグランとの修行場となっていた。

「まず、術式構築の練度が甘い、もっと丁寧に練り上げろ。スキルに頼るな」

「わかりました。先生」

リグランは俺達に自身のことを先生と呼ばせている。

今は、森の中で俺と先生の2人、ルアス兄ちゃんは今日は剣術の修行を行なっている。
一週間のうち、休みを一日入れて3日ずつ魔法と剣術の鍛錬をルアス兄ちゃんは行なっている。
兄ちゃんは今じゃ魔力量も増えてきて、四属性のレベルも3になり、今じゃ余裕で下級魔法は使えるようになってきた。
剣術の方も3レベルとなり、かなりの実力をつけ、天才としての道を歩んでいる。

俺はというと、一日中先生と魔法の鍛錬を行なっており、かなり魔法に関しては扱えるようになってきた。

魔法には魔法の威力や効果によって分類されている。

下級魔法ー中級魔法ー上級魔法ー超級魔法ー絶級魔法ー極級魔法と下から六つの魔法に分類されている。
これらの魔法は魔法のレベルと直結している。
下級魔法なら魔法のレベルは1以上で扱える、これが下級魔法と呼ばれる言えんだな。
中級魔法はレベル5以上、上級はレベル10と、5の倍数ずつレベルが上がるごとに使える魔法の等級が増えていく。
最上位の極級魔法を使うには最低でも25レベルは必要というわけだ。
ちなみに、俺の魔法は固有スキルを除いてもれなく6である。
中級魔法なら扱えるレベルにまでは成長した。

で、魔法を成り立たせる事柄として重要なのは術式と魔力だろう。
術式とは簡単に言うと強いイメージを元に、魔法に属性や、方向性を持たせるものだ。
その術式に魔力を通すと、その術式通りに魔力が魔法に変換されるって言う仕組みだ。

「ぼちぼち、無属性魔法を扱えるようになってきたな。舞空術を習得したのだろう?」

「ある程度です。先生ほどの速度では飛べません」


無属性魔法の本質は術式を抜いた純粋な魔力コントロールとイメージによる空間の支配。
術式は魔力を操る上で必要なもの、と思われがちだが実はそうではない。
魔力を扱いやすくするための道具、これが術式の本質。
先生が無属性魔法の習得を命じた理由もそこにあり、無属性魔法を扱えれば大体の魔法は詠唱を簡略化できるようになり、もしもスキルを封じられた場合でも魔法を行使することができるのだ。
〇〇魔法と言うスキルの本質は術式構築の自動化である。
そのスキルが封じられてしまったら自前で魔法の術式を構築しないといけない、なれてなければ時間がかかるし、スキルに頼って魔法を使っていたのなら、術式構築すら不可能だろう。
そんな時に無属性魔法を扱えていれば、魔力コントロールによる魔法の行使という本質を応用して、他属性の魔法の行使につなげられるのだ。
簡単に言ってしまうと無属性魔法は術式の不要化である。

例えば、無属性魔法は術式抜きの純粋な魔力コントロールによって支配した空間内では、その空間の中の力の動きを全て制御することができる。
それの応用で、支配した空間内の重力を別の方向の力へと変換して空を自在に飛ぶことができる、これが舞空術なのだ。

魔法の基本であり、一番難しいとされる無属性魔法。
それの習得はゆくゆくは全属性の魔法を操ることにつながるのだ。


「じゃあ、そろそろ次のステップへ行くとするか」

「次のステップですか?」

「ああ」

先生は大きく頷く。

「お前は魔力が無制限だから、多少の無茶ができる。これから指示したことを守って俺と軽く模擬戦をしてもらう」

「模擬戦ですか?」

マジかよ。
俺と先生じゃまだレベルの差がありすぎて全く勝負にならない。
何が目的だ?

「お前には【身体強化】を習得してもらう」

「身体強化?」

「そうだ。無属性魔法がスキルとなる条件は二つ。体の外側の魔力操作である【舞空術】、体の内側の魔力操作である【身体強化】だ」

「なるほど、だから【舞空術】の習得だけでは【無属性魔法】を習得できなかったわけですね」

「そう言うことだ。今からその身体強化を説明してやる。聞け」


先生の話はこうだ。

身体強化とは、文字通り身体を魔法によって強化すること。
無属性の魔法ではなくても風・火・雷の三つの属性のどれかを扱えればそのまま身体強化の効果を発揮させる方法がある。
しかし、それらの方法は魔力効率も悪く、効果もよほどの使い手ではない限り強化が弱いそうだ。
一方、無属性による身体強化は単純な魔力操作かつ、魔力効率・効果ともに良いそうだ。
ゆえに身体強化を習得させる、と言うのが先生の話だ。

「身体強化をする方法はわかるか??」

「そうですね……、魔力を緻密に操り、高速に体の中を循環させる。とかですか?」

異世界転生モノの漫画に良くある設定をとりあえず言ってみた。

「ご名答だな」

当たりだったようだ。

「体を運動させると心臓の鼓動が速くなり、すぐに酸素を全身に送るべく血液の流れる速度が速くなる。この人体の事象と同じく、身体強化は酸素に加えて魔力を全身の筋繊維に送り込み、人体の中に存在する魔力器官を覚醒させる。この魔力器官は魔力と反応すると爆発的なエネルギーを生む。それを使って人体の身体能力の強化を施す。これが俗に言う身体強化だ」

「なるほど」

「わかったのならさっさとやるぞ。お前への指示は身体強化以外の魔法、スキルの使用禁止だ」

「はぁ!!?」

「なんだ?文句あるのか?」

「いやいやいやちょっと待ってくださいよ!!」

ただでさえ実力差が明確にあるのにさらに俺の戦闘手段を制限するって、勝負にならないのにさらに勝てない要素を足されるなんて。戦いと呼べる勝負になればいい方だぞ?これは。

「うるせえな。俺は無駄が嫌いだ。身体強化の習得はこれが手っ取り早いんだよ」

クソッタレめ。
そう言われたらやるしかないじゃんか。

「やってやります。もし顔を蹴っ飛ばしても泣かないでください」

「ハッ。イキがるなよクソガキ」

ニヤリと笑う先生。
それが合図だった。

俺はイメージを元に魔力のコントロールを図る。
全身に血を超高速で流すイメージ。
魔力をコントロールし、心臓から指先の毛細血管まで一気に魔力を流し込む。
ああ、どこかにいるゴム人間のギアを2した技のイメージだ。

一旦深呼吸して、先生を見やる。
優雅にあくびをしやがって。
一発ぶん殴る。

俺は拳を前にして、格闘技プレイヤーのような構えをとる。
身体中を魔力が隈なくめぐるのを感じる。
それと合わせて心臓の鼓動が大太鼓の音のように聞こえる。
体が蒸気を挙げると錯覚する程度には暑くなる。
おそらく習得完了だろう。
そう思った時だった。

《熟練度が基準値に達しました。【無属性魔法】Lv1 素質B を獲得しました》

その、久々の声を聞いて、俺はニヤリと笑う。
大地に足を踏み込む。
それだけでかなりの力が地面に加わったようで地割れが生じ、足元が凹む。
瞬時に先生の目の前に移動し、思いっきり殴る。

先生は軽く体を反転させつつ回避。
俺はそれを見つつ、体を大きく捻って真横から蹴りを入れる。

「フッ!!」

ドスンと、牛の突進のような鈍い音がする。
先生は片腕を俺の蹴りに合わせて体の横側に折り畳み、蹴りを受け止める。

「軽いな。もっと魔力を巡らせろ」

先生には軽い攻撃だったようだ。
一応全力の攻撃だったんだけど。
なら、出力を上げるか。

体にドスンという衝撃が走るとともに、さらに体の感覚が冴えていくのがわかる。

第二ラウンドだ。

先ほどよりもさらにはやく動き、先生の顔面を殴る。
しかし、腕でブロックされる。
それを読んだ上での顔面への攻撃、いわゆるフェイクを俺はした。
先生へのパンチを止めて先生の腹に拳を打ち込む。

先生はそれを横へのサイドステップで回避する。

そこに欠かさず地面を振ったび踏み込んだ上での攻撃。

蹴りをメインの攻撃手段としキック、パンチと連続攻撃を叩き込む。
しかし、それを全て軽くいなされる。
そして俺が蹴りを打ったタイミングで俺の背後に移動し、思いっきり拳を入れられる。

とてつもない衝撃と鋭い痛みと共に、俺は数十メートル先の大木の元にすっ飛んでいく。
轟音がし、俺は衝撃によって起こされる咳き込みのよって先頭不能の状態に陥った。

俺は大の字に寝転び空を見上げる。

先生は、全く魔法を使った痕跡がなかった。
なのにあの速度ってマジの超人かよ。

そこに先生が近づいてきて腰を下ろす。

何もできなかった。
なす術がなかった、全力の攻撃は全て読まれ、いなされる。
スピードも素で俺の身体強化込みでのスピードを超えてくる。
馬鹿げてる。

「無属性魔法の習得は無事に終わったようだな」

「それなり、ですよ」

「ああ、お前の魔法はそれなりだ。恐ろしいな天才ってのは」

「え?」

どこが?
俺にとっちゃあんたの方が天才だよ、と思った。

「異常だ。普通二ヶ月で無属性魔法の習得はできない。通常は2年ほどかかる。俺ですら半年かかった。お前は紛れもない天才だな」

「そう、ですか」

「ああ。誇れ。お前はもうクソガキじゃない。魔術師だ」

俺はその言葉に涙がこぼれそうになる。

俺にとっての師匠である先生に初めて褒められ他のだ。
他ならぬ、世界最高峰の魔術師リグランに。
嬉しくないわけがない。そんな人物に魔術師として認められたのは。

「休憩は終わりだ。さっさと立てクソガキ。まだまだお前は雑魚なんだから俺が鍛えてやる」

そう言いつつ先生は手を伸ばす。
俺はそれを握って立ち上がる。

「次は最低でもお前が持ってる魔法系スキルのレベルを10以上、上級は扱えるようになってもらう」

「了解です。でも僕は天才ですので楽勝ですね」

「調子に乗るなクソガキ」

「ガキは調子に乗ってナンボですよ」

「あ〜めんどくせぇクソガキだな」

俺の魔術師としての日々がようやくスタートしたのだった。