「いたたた・・・あれ私、車に・・・」



　立ち上がろうと地面に手を着こうとするが、鋭い痛みが手のひらに走る。手を広げてみると手からは赤くどろっとしたものが流れ出ていた。



　隣を見るとバキバキに割れてしまった携帯の画面。他にも気づかなかったけれど、時間が経つごとに身体中の至る所から悲鳴が...



　頭を打ち付けてしまったらしく、ちょっとだけ頭が腫れあがっているのが手で触って感じられる。



　幸いなことに手以外からは血は出ていなかった。



　でもどうして私は助かったのだろう。確実に轢かれた...そう確信したはずなのに。もしかしてここは天国？いや、痛みを感じている時点でそれはない。ならどうして...



「きゃぁぁぁぁぁぁ！！！」



　今にも倒れてしまいそうなくらいの女性の叫び声が私の耳へと入り込んでくる。その声の方に目を向けると、どうやら彼女の視線は私の後ろに向けられている。



　頭に嫌な予感がよぎる。私が助かったってことは誰かが、私を押してくれた...？もし、そうだとしたら私の後ろは血の海になっているかもしれない。



　しかし、見ないわけにもいかない。私を救ってくれた人かもしれないから。恐る恐る顔を後ろに背ける。



　そこにいたのは、うつ伏せのまま倒れている一人の男性。体の大きさ的に男性で間違いない。倒れた拍子にフードが頭にかかってしまったのだろう。フードが邪魔で顔を確認することができない。



　男性からも血は出ていないので、ほっと安心する。



　周りの人も血が出ていないので、多分気を失っているのだろうと落ち着いた様子で119番へと連絡をする。



　本来ならば、その男性の近くに立ち寄り意識を確認するのが普通なのだが、誰一人として救護しようとしない。誰もがただ立っているだけのカカシのよう。



　人々は立ち止まっているが、時間だけは私たちの気持ちとは関係なく、止まることなく流れ続けていく。



　私も確認しに行きたいが、もしかしたら自分が轢かれていたという恐怖で足がすくんでしまい、その場から足が一歩も動かない。



　そんな中、先ほど119番に連絡したサラリーマンが、電話越しに救急隊員の指示に従いながら、倒れている彼の様子を確認している。



　男性がそっと倒れている彼の口元に耳を当てるが、徐々に男性の顔は血色を失ってしまった。