「そうだったんだね。ところで、どこでお花を買おうと思っていたの?」



「んーとね、お店のなまえがかんじだからわからないんだけど、ママがよくまちで一番大きいお花やさんって言ってたところ!」



 彼が言うお花屋さんは僕の家だとすぐにわかった。この辺に住む人が街一番と話すのはうちの花屋しかない。



 背中の後ろに隠していたラッピングされた綺麗な薔薇を彼の前に差し出す。最初からあげるつもりでいたが、僕の家のを買いに行くと聞き、なおさら彼にこの薔薇をプレゼントしたくなった。



「この薔薇、よかったら貰ってくれないかな?」



「え、でもぼくお金もってないよ・・・」



 薔薇を差し出した瞬間笑顔になった顔が、また悲しみの色に染まる。



「お金はいらないよ。僕はね、君が今から行こうとしていたお花屋さんの子供なんだ。だからこれでママを喜ばせてあげてほしいな。それにね、難しいかもだけ"大事なのは形じゃなくて気持ちだからね"」



 悲しみで染まっていた顔に再び花が開花するように笑顔が戻り始める。そうか、父さんと母さんは街の人たちのこの輝くような笑顔を見たくていつも仕事を頑張っているんだな。



 確かにこれはお金以上の価値があるのかもしれない。胸の内側から温かい何かが込み上げてくる。



「お兄ちゃん、ほんとうにありがとう! さいごのはよくわからなかったけど、ぼくお兄ちゃんになったら、ママとお花やさんにいくから! だからぼくのことわすれないでね!」
 


「うん!絶対忘れないから今度はママと一緒にお花買いにきてね」



 大事そうに両手で薔薇を抱え、"またね!”と言い残し、走り去っていく男の子。僕は向日葵のような笑顔の彼をこの先も忘れることは決してないだろう。



 次会うときは立派なお兄ちゃんになっていると思うと、初めて会ったのにもかかわらず嬉しく感じる。



「あ・・・名前聞いておけばよかった・・・」



 一生聞くことのないその名前を...