学年が上がり想太と一花と出会ってからいつも四人でいることが増え、嫌がらせは少しずつ減っていったけれど彼女の心の傷だけはいつになっても消えることはなかった。



 ある日、僕はそんな名前を気にしている彼女に敢えて名前を反対から呼んでみた。『みきちゃん』と。



 そう呼んだ時の彼女の顔を僕は忘れることなく、頭の片隅に今でも焼き付けられている。驚いたような、嬉しいような客観的には読み取ることのできない感情が顔に込められていた。



 それ以来、僕は彼女のことを『みきちゃん』と呼ぶようにしている。彼女がそう呼んでほしいと僕にだけ頼むので...だから僕がみきちゃんと呼ぶ理由は僕ら以外に知っている人はいない。互いの両親でさえ。



 これが『みきちゃん』と今でも呼び続けている理由。これから先もこの呼び方が変わることはないだろう。



「・・・ねぇ! 海ってば!」



 耳元で僕を呼ぶ声が聞こえてくる。どうやら思い出している間に僕はブランコをやめていたらしく、足はしっかり地面についていた。もちろん隣の彼女もブランコをやめ、僕の顔を覗き込んでくる。



「さっきから何回も呼んだんだけど!」



「思い出してたんだ・・・ごめんよ」



「何を思い出してたの?」



「あぁ、僕が『みきちゃん』と呼ぶようになった日のこと」



「そっか・・・あの日のことね」



 何処となく寂しげな表情をする彼女を僕は見逃さなかった。今でも彼女の心はあの日の苦い思い出で、満たされているのかもしれない。忘れたいけれど自分の名前だから忘れることができない辛さが今でも...



「僕がいつまでも側にいてあげるからね・・・」



 自然とそんな言葉が意図せずに口からこぼれ出てくる。



「え、え!それってさ、プロポーズみたい・・・」



 プロポーズ...その言葉を聞いた瞬間、僕が先程口走った内容が恥ずかしいことだったと自覚する。



 "いつまでも"なんて本当にプロポーズしてるみたいじゃないか...互いに赤面している僕たちを周りの人が見たら、初々しいカップルにでも見えるのだろうか。もし、そう見えているのなら嬉しい。



 公園内に一人歩いてくるサラリーマン。彼は仕事帰りで疲れ切っているのか、僕たちに気付く様子もなく通り過ぎて行った。おかげで冷静さを取り戻すことができたのは彼女には内緒。



 彼女の頬はまだ赤いような気がしたが、これ以上公園にいたらまた余計なことを言いそうな気がしたので、彼女に帰ろうと告げる。この公園は二人にとって思い出の公園。



 そして、これからの僕たちにとっても絶対に忘れられない場所となるのはまだ先のこと。