先生がいなくなった病室は思ったよりも静かなものだった。隣には母さんがいるが、先ほどから一言も話していない。無理もない。息子が『走ったら確実に死ぬ』と言われ、ショックを隠しきれていないのだろう。



 それに比べ僕は他人事かのように、窓の外に見える夜景に見惚れている。死ぬと告げられたのに未だに"死”に対する実感が湧いてこない。もちろん走ることは絶対にないとは思うが...



「ねぇ海?先生との約束だけは絶対何が何でも守るのよ。例え、走らないといけない時が来ても走らないでほしい。何があるか分からないからこれだけは先に言っとくわ。『自分を第一に考えて』」



「わかってるよ、母さん。もう二人に心配をかけたりはしないよ。だから帰ったら父さんにもよろしくね。それと明日は安静にするから、家でみきちゃんの誕生日会してもいいかな?」



「もちろんいいわよ・・・あのさ、海。本当にみんなには自分の口から心臓の事伝えなくていいの?」



「いいんだ。僕は一生心臓のことを話すつもりはないよ。墓場まで持っていくつもりだよ」



「そう・・・海がそこまで言うならもう聞かないわ。明日の朝また迎えにくるわね。おやすみなさい」



 母は寂しそうな顔をしたまま、病室を出ていく。わかっている...でも怖いんだ。みんなの顔が哀しみで満ちていくのを僕は受け止められない気がするから。



 一人残される病室は荒みきった僕の心をさらに蝕んでいくほど静寂で空虚なものだった。



 ここで心臓が止まったとしても誰も僕が死んだことに朝まで気付くことはない。



 "そういう死に方も悪くはないな"と悲観的なことを考えるくらい孤独は辛いのだと初めて知った。