「海! 偉いじゃん!ちゃんと自分の気持ち言えたね」



 職員室を出た後すぐに僕の頭を撫ででくる彼女。無造作だった髪型がさらにぐちゃぐちゃに乱れていく。周りに人がいないことをしっかり確認していたのだろう。



 もし、近くに誰かがいたら絶対に頭を撫でることはないが...やはり彼女は僕のことを弟として接しているのかもしれない。前まではそれでもなんとも思わなかったのに、今はなぜだか心の奥底がモヤモヤしてしまう。



 一体この気持ちの正体はなんなのだろうか...



「う、うん。ありがとう。みきちゃんが隣にいてくれたおかげで自信が持てた気がするよ」



「そうだけど、最終的に断るって決断したのは海自身なんだから、まずは断れた自分を褒めてあげなよ」



 初めてかもしれない。はっきりとしたくないことを断ることができたのは。少しだけ成長した自分自身に気持ちが高鳴る。



 遅刻届けの紙を手に持ちながら自分達の教室へと向かう。僕らの教室は職員室がある校舎とは別の校舎の三階。意外と教室までが遠いので、先生に用事があって職員室に行かないといけない時は割と面倒な距離。



 階段を上がり教室の後ろ扉をそっと静かに開ける。静かに開けたのにも関わらず、クラスメイトたちの視線が一度に僕らへと突き刺さる。心なしかその視線には、薄暗い感情が混じっていると感じ取れるほど彼らの目つきは鋭く怖かった。



 主に男子の視線が、やたらと僕の背中を突き刺し続けた。



「申し訳ありません、授業を中断させてしまい。諸事情で遅刻してしまいました」



 胸を張り正々堂々と先生に遅れたことを伝える彼女。彼女にはこの痛いくらいの視線が見えていないのだろうか。もしかしたら、彼女の視界には見惚れているクラスメイトしか映らないエフェクトが施されているのかもしれない。



「あぁ、わかっているよ。君たちはサボるような子たちではないからね。さ、授業を再開するから席に着きなさい」



「はい、ありがとうございます」



 なんの問題もなく再び授業が再開される。席に向かう途中にも僕には突き刺さるような視線が絶え間なく続いていた。



 コソコソと僕のことを話しているクラスメイトもいたが、気にしていても無駄なので聞こえないふりをして通り過ぎていく。所詮ただの妬みに過ぎないのだから。



 二時間目から授業に参加し、その後も何事もなく四時間目まで集中力を切らすことなく授業に取り組む。生乾きだった制服も気付けばすっかり乾いていた。



 水溜りの水っていうのが気にもなるが、今は考えたところで洗濯すらできないの考えないようにした。