濡れたまま仕方なくベンチに座り、できる限り制服を絞る。ポタポタと制服から水が音を立てることなく落ちていく。



 ベンチにも水が染み込んでいるのか、骨組みを伝って地面がにわかに色が変わる。



「あの車なんなのよ! スピード出しすぎでしょ!」



 ベンチに座って僕の髪をタオルで拭きながら、どこかへ消えてしまった車に文句を言っている彼女。タオルで頭を拭いてくれるのは嬉しいが、少し雑なので頭がグラグラと動く。



「ま、みきちゃんにはかからずに済んだからよかったよ」



「あ、ありがとう。そういう時だけずるいよね・・・」



 だんだんと彼女の声が小さくなってしまったので、最後の方はなんて言ったのか聞き取ることができなかった。



「確かさ、これって道路交通法第七十一条の一に違反しているよね」



 急に難しいことを言い出す彼女。それに第何条まで覚えているのがエグすぎる。一体彼女の頭はどんな脳の作りをしているのだろうか。



 あまりの天才ぶりに僅かに引いてしまう。どこでそんなことを学んだのか聞いてみたいが、恐ろしい天才エピソードが出てきそうなのでやめた。



 前に先生を目指すと言っていたが、本気で別の仕事の方が彼女には向いているのでは。



「そうだけど、結局泣き寝入りすることが多いよね」



 よく雨の日に歩行者が車に水をかけられたりするが、これは立派な違反。だけれど運転手は故意に水をかけているわけではないので、基本気づかずにそのまま行ってしまうことが多い。



 もし仮に車のナンバーを写真で撮っていても、運転手が否認すれば結局のところ無効になってしまう。そういったこともあり被害者は泣き寝入りするしかないのだ。



 ましては今回はすぐに車が行ってしまったのでナンバーすら覚えていない。



「そうだよね。請求できてもクリーニング代くらいだしね。結局無駄足になっちゃうのよね」



 こんな現実的な話をする高校一年生が全国に何人いるのだろう。もしかしたら僕たちしかいないかもしれないが...



 改めて僕らは変わっているのだと、認識するには最適な時間だった。