「ただいま」



 店の扉をゆっくりと開けると、色々な種類の花の匂いが僕の体を包むかのように迎え入れてくれる。



 花自体に興味はないが、この花の優しい包み込むような匂いだけは、今になっても好きなのは変わらない。花の匂いを嗅ぐだけで心が安らぐように落ち着いていく。



「あら、おかえり。希美ちゃんと帰ってきたの?」



 レジから身を乗り出しながら僕の顔を覗き込んでくる母親。



「え、あ、うん。そうだよ」



 先ほどのことで動揺してしまい返答に詰まってしまう。これはまずい...と思った時にはもう遅かった。母の顔がだんだんと悪い笑顔になっていくのが見てとれた。



「かーいくん! 希美ちゃんと何かあったのかしらー?」



「べ、別に何もないよ!!!」



「ふーん、お顔が真っ赤だけどどうしたのかなー?希美ちゃんならいつでも"松田"って苗字あげてもいいわよ」



「な、なに言ってるんだよ! 僕とみきちゃんはそんな関係じゃないから!それに僕のことなんてきっと弟としか・・・」



 あれ、僕は今何を言おうとしたんだ...弟でいいじゃないか。一体僕は何を望んでいる。



 これ以上のことを望んではいけないんだ。僕は彼女を好きになっては...いけない。



「若いね〜。海、後悔だけはしないようにね」



「夕飯は食べてきたからいらないや」



 母の言葉をまるで聞いていなかったのように、別の話題へと切り替えて自分の部屋へと急いで入る。



 今日は何もやる気が起きなく制服を雑に脱いで部屋着に着替える。きれいに整えられたベットに寝転がりながら、snsを開く。


 僕のアカウントは人のを見るだけのほぼ捨て垢みたいなアカウント。正直何を投稿したらいいのかわからず、とりあえず芸能人や中学の友人たちの投稿を見るだけのものとなっている。



 フォロー数ゼロ。フォロワー数ゼロ。



 流れてくる投稿の同年代の子たちがスポーツをしている様子の写真を見ると、どうしても心が疼いてしまう。僕もこんな笑顔で走り回りたい。



 自分も同じ高校生のはずなのに、snsの中にいる高校生たちはキラキラと青春を謳歌しているようにも見える。



 僕の心は汚れて荒んでしまったのだろうか。妬みや嫉妬という人の暗い深層部分に溺れていく。



 携帯の画面を閉じ、真っ暗な画面が目の前に広がると同時に僕の瞼もゆっくりと閉じていった。