「実は、ここ数日で・・・昔の記憶が少しずつ消えていっているんだ。だからもう少ししたら、たぶんみきちゃんのことも・・・忘れてしまうかもしれないんだ」



 よくある話だとは思っていたが、実際目の当たりにするとあまりにも切なく残酷すぎる。どうしてせっかくまた会えたというのに、私たちは引き剥がされてしまうのだろう。



「ねぇ海。それはどうにかならないの。私忘れられるなんて嫌だよ・・・また会えたのに。私だけ海を覚えていて海は私のことを永遠に忘れるなんてあんまりだよ・・・」



「ごめん。こればかりは僕にはどうしようもないんだ。でも、これだけは言えるよ。頭からは思い出が消えてしまっても、僕の心はこうしてみきちゃんにまた惹かれている。大好きなのは変わらない。心がしっかり覚えている。だから、大人になったら今度は正式に僕が君を迎えにいくよ。何歳になっても構わない、来世でも。必ず迎えにいくから、それまでの間もう一度だけ待っていてほしい・・・」



 今にも消えてしまいそうな表情の彼。わかっている。これ以上、引き止めたところで現実が変わることは絶対にない。



 私だって、八年前の自分とは違う。時間が私を大人へと成長させてくれた。そうだ...今の私にできることは...
 


「約束はできないけど、もう一度海を信じて待ってみるよ。もしかしたら、また今みたいな奇跡があるかもしれないしね。あ! 私がおばさんになっても迎えにきてよね!」



 消え入りそうだった表情が一変して、太陽みたいな輝きが顔に宿る。大好きだった彼の笑顔。私にとっての太陽は彼だった。



 "あぁ必ず"彼はそう頷くと、目から綺麗な涙がこぼれ落ちそうになる。私の直感は感じ取っていた。



 きっとこの涙が落ちたその時、彼の中から私たちの記憶は抜け落ちてしまうのだと。



「海! 私は一生あなたのことは忘れない!死ぬまでずっと・・・だから・・・だから次こそは元気に生きてね。海の生まれ変わりだからって私は優しくしたりしないから!」



「ありがとう、みきちゃん。君を好きになってよかった。出会えてよかった。十六年しか生きられなかったけれど、隣にいてくれたのがみきちゃんで僕は本当に幸せでした。大好きだよ、みきちゃん。それじゃ、『いつかまた』」



 彼の瞳から一雫の涙が床に落ちる。



 その涙に私たちの思い出が詰まっていると考えると、儚くも美しいものだと思ってしまった。



 最後の最後でまた彼は、私に呪いの言葉をかけて消えてしまった。



 でも、あの時とは違う。今は胸に新たな希望を抱いて前に進むことができるはず。