お線香の香りがするお墓の前で一人静かにしゃがみながら、手に持ってきた花を供える。周りに誰も居ないことを確認し、墓石に目を向け話しかける。



「ねぇ、海。もう海が亡くなってから八年も経っちゃったよ。今の海が私を見たら、余計に惚れちゃうかもね。私ね、ようやく最近海からもらったイヤホンをつけられるようになったんだ」



 ポケットからイヤホンを取り出す。八年経った今でもそれは、色褪せることなく新品かのような輝きを放っている。



「最初はつけるだけで怖くて、外を歩くことはおろか、家の中でもダメだった。でもね、最近ようやくわかったの、これをつけていると海と音楽を通して会話ができている気がしてね・・・今では海が好きだったクラシックばかり聴いてるよ。教えてくれてありがとうね。それとさ、想太は無事に医学部に合格して今はお医者さんの卵として頑張っているよ。いっちゃんはそんな想太を支えられるように、一足先に看護師になって想太のお父さんの病院で働いているの」



 二人は高校を卒業してから進路は別々だったが、交際はずっと続いていた。あの二人なら大丈夫だろうと思っていたが、本当に大丈夫なくらい今も結婚を前提に付き合っているらしい。



 実はこの前いっちゃんに内緒で想太から結婚相談をされたのだが...そういう時に限って想太は勇気がないので結婚まではもう少し時間がかかりそう。



「それとね、海。私ね、海の夢だった小学校の先生になったんだよ。すごいでしょ!海の大好きだった小林先生と同僚なんだ。先生もね、海のことちゃんと覚えていたよ。『あの子は心優しい、素直な子だったって』よかったね、海。毎年似たような話ばかりしてごめんね。また来年も必ず来るね」



 そろそろ暗くなりそうだったので、今年はここまでにしようと思い立ち上がる。線香の煙が空に立ち昇ってく。



 どうかこの想いが煙と一緒に海まで届きますようにと願いながら最後に手を合わせる。



「海、私は今でもあなたのことが大好きだよ!」



 一歩足を踏み出す。今年も去年よりまた一歩大きく成長できたような気がした。