その場にいるのが、息苦しくて私は仮病を使って教室を出てしまった。

 席から立ち上がる瞬間に、染井君がこちらを見て何かを呟いていたが、私には聞こえるはずもなかった。

 彼のまっすぐにこちらを見つめる視線が、私の全てを見透かされているようで怖かったんだ。

 悶々と考えるのは、悠のことばかり。教室を出ると、いくらかは気持ちが落ち着いてきた。教室内の空気よりも少しだけ、廊下の空気のほうが吸いやすい気がする。

 夏が終わってしまったからなのか、肺に取り込まれる空気は肌寒さを孕んだものばかり。

 ひんやりしていて気持ちがいいが、なぜか孤独感が強く感じられてしまうのはなぜだろうか。

 授業中のため、廊下に聞こえるのは私が歩く足音だけ。

 普段はうるさいくらいに人の声で溢れている廊下が、静かなのは返って薄気味悪く感じる。

 他のクラスの教室の前を通って変に注目を浴びたくはなかったので、一目のつかない廊下を通って保健室へと向かった。

 頭の中が整理しきれていないせいか、少しだけ手で触れたおでこが熱いような気がした。

「え、嘘でしょ・・・」

 目的地に到着した私は言葉を失う。保健室の扉にかけられた『外出中のため、使用不可』の文字。

 体調が悪いと仮病を使って教室を出てきたので、さすがに戻ることもできず、その場で考える。

 現代文の授業が終了するまで、ざっと30分くらいはある。30分なんてすぐかもしれないが、何も装備していない私からすると、とてつもなく長い時間。

 せめて携帯さえ、ポケットに入っていれば...

「ま、入ってるわけないよね」

 微かな希望さえ簡単に打ち砕かれてしまった。

 保健室以外に行く場所といっても、いく当てが見つからない。図書室も思いついたが、最近は図書室を利用して授業を行う先生も多いので、鉢合わせたりしたら言い逃れはできないので却下。

 食堂、体育館、なんちゃら準備室。どれをとっても誰かに見つかってしまう可能性が高いものばかり。

 誰も人が来なくて、人目につかないところ...

「あっ!あそこなら・・・」

 今すぐにでも走りたい気分だったが、音をたててバレるのだけは避けなければいけない。

 踵を地面から離して、つま先立ちで歩くのは思っていたよりも数倍も困難だった。

 後から歩いて気が付いたが、こんなことをしなくても音に気をつけて歩けば、音が出ることはなかった。