「最後になりますが、俺にはもう1人大切な人がいます。もしかすると、家族と過ごしている時間よりも彼女と過ごした時間の方が長いかもしれません。それは、梓です・・・」

 クラスメイトの視線が、一瞬にして私の方へと向けられる。そんなことなどお構いなしに悠は、話を続けていくようだ。

 隣に座っている染井君は、なぜか発表をしている悠ではなく、私の方をじっと見つめている。

 やっぱり彼は不思議な人だ。授業中も集中しているように見せかけて、ずっと絵を描いている彼。

 それも到底凡人の私には理解できないような、常軌を逸したよくわからない絵ばかり。

 現代版のピカソとでも呼んでおこう。そんなことは今はどうでもよくて...悠が私の名前を呼び上げた。

 現実のことであるのに、未だに信じることができない。

 てっきり私は忘れ去られてしまった存在だとばかり思っていたから...

「梓もここにいるので、かなり話すのは恥ずかしいけれど、聞いてほしいです。俺にとって梓は家族同然の存在です。小さい頃からずっと今まで一緒に育ってきました。楽しいことも辛いことも彼女と一緒なら、なんだって乗り越えてこれました。今だから言えますが、俺の初恋は彼女でした」

 悠の発表に教室内がざわつき始める。教室内が黄色からピンク一色に染まったのは、容易に想像できるだろう。

 初恋ほど人の記憶に鮮明に残り続けるものはない。もちろん、私の初恋は忘れるわけがないのだけれど...むしろ現在進行形のつもり。

 抑え切れない鼓動を無理矢理にでも抑制しようと胸に手を当てるが、より一層鼓動の速さに驚いてしまう始末。

 でも、私にはわかる。この後、彼が話そうとしている内容が...初恋には終わりが付き物なんだ。

 初恋が実ることなど、私たちの生きる世界では簡単なことではない。

 泣かないように我慢するのが、今の私の最重要任務。泣いたら、彼に迷惑をかけてしまうから。

「俺は覚えているよ。結婚の約束をしたのも・・・全部覚えてる。でも、俺は気付いてしまった。彼女が好きなのは、異性としての俺ではなくて・・・幼馴染としての吉川悠だった・・・」

 悠が何を言っているのか理解できなかった。私が好きだったのは悠ではなく、幼馴染としての悠。

 一体それはどういうことなのだろうか。何が違うのか、私には難しすぎたのかもしれない。

 振り向いた彼の瞳が寂しそうに揺らいでいた。今まで一緒に生きてきたが、あんなに悲しそうな青一色に染まった目を見るのは初めてだった。