「はい、どうですか? 皆さんにとって大切な人は見つかりましたか?」

 ざわめいていた教室内が先生の一声によって静まり返る。これから、発表ということを皆が想像したのだろう。

 これが俗に言う、雉の一声なのだろうか。あまり勉強は得意ではないので、ことわざが合っているか定かではないが...

 たぶんだけど、違うような気がする。

 私の席の真反対に位置する右端の先頭から順に発表をしていくらしい。

 1番目のクラスメイトが発表をしているが、私の耳にまで届くことはない。

 物理的に聞こえないのではなく、私の意識が集中して聞こうとしていないのが原因。

 授業が開始して20分くらいでざっとクラスの半分くらいが発表を終えたが、誰一人として興味の惹かれる内容の人は存在しなかった。

 それもそのはず。もうすぐ悠の番がやってくるのだ。

 私の心臓は高鳴り、緊張度はほぼマックス状態。1%の望みを願いながら、彼の番を息を吸うのさえ堪えて待つ。

「次は・・・吉川君ね」

 先生が悠の名前を呼ぶ。

 "ギィィ"と心地の良くない椅子と床が擦れる音が、教室内に響き渡る。

 スーッと立ち上がる悠。彼の大きくなった背中をまじまじと見つめてしまう。

 中学生の時までは、私の方が背が高かったのにいつの間にか抜かされてしまった。

 今では、頭が1個分違うほどの身長差。

「はい。俺の大切な人は・・・」

 "ドクンッ"と心臓の鼓動が、聞こえた気がした。胸に手を当ててみると、ジェットコースターに乗っている時とさほど変わらない心拍数。

 いや、それよりも少しだけ速いかもしれない。

 悠の肩が微かに動き、息を吸っているのが見てとれる。きっと彼もこの状況に緊張しているのだろう。

 ピリッとした空気感が、私にはわかってしまう。長年の付き合いだからなのかもしれない。

「一人には絞り切れませんでした。俺には大切な人がたくさんいます。まずは、俺を育ててくれた両親。普段は照れ臭くて『ありがとう』のたった五文字さえ伝えることができません。ずるいですが、この場を借りて言わせてください。ありがとう2人とも。そして、これからもよろしく」

 また一息吸う彼。今度はさっきよりも多く肩が上下に躍動する。

「次は、今お付き合いをしている北見先輩です。先輩は幸せを俺に与えてくれます。彼女と過ごす日々は、数え切れないほどの色で満たされていて、目で捉え切れないほど美しいです。不甲斐ない彼氏ですが、これからもよろしく。そして、もっとあなたのことを知りたいです」

 一番聞きたくはなかった内容だった。もちろん、彼女のことを話すことくらい想像できなかったわけではない。

 でも、いざ目の前にして聞いてみると、心が深く傷つけられる。鋭利な刃物で深く抉られているように。

 私の気持ちは一度はまったら抜け出せない沼の底にいるような気分だった。

 私の気分とは反対に教室内は、黄色い歓声が飛び交っていた。