廊下の喧騒に身を任せながら、自分の教室へと流されていく。

 時折、すれ違う友達に挨拶を交わし、横を通り抜ける。

 私は今、どんな表情で挨拶をしたのだろうか。笑っていた?それとも、作り物の顔を貼り付けていた?

 答えは自分にはわからない。心の底から笑えている気分ではなかった。

 最近の私はずっとそうだ。楽しいことがあっても、笑えているという実感が湧かない。

 きっと、笑えてはいるのだ。ただそれは、作り物の笑顔にすぎない。ほんっとうに気持ちが悪くて虫酸が走る。

 自分が嫌になる。嫉妬している自分にも、僻んいる自分にも。

 だから、悠の隣にいるはずの北見先輩の顔が私に見えてしまうのかもしれない。

 一体私はどうしたらいいのだろうか。誰か答えを教えてほしい。誰でもいいから...助けてよ。

「どうした?そんな暗い顔してよ」

 "あぁ、だめだ。泣いてしまいそう。声でわかってしまうのが辛い"

 涙が出るのをグッと下唇を噛んで堪える。あとで歯型がついてしまうだろうが、今は仕方がない。

「してないよ。それより、北見先輩は?」

「先輩なんだから、自分の教室に行ったよ。そんなことはどうでもよくて、何か隠してるだろ俺に」

「別に隠してなんかいないよ。勘違いだよ」

 垂れ下がる長く伸びた髪の毛を耳にかける。顕になる私の耳。

「嘘だね。梓は嘘つく時、必ず髪の毛を耳にかける。何年幼馴染してると思ってんだ?」

 声が出そうになった。こういう時に限って、どうして彼は鋭いのだろう。

 鈍感であってほしかった。私の嘘に気付かないでほしかった。そしたら、まだ私だって我慢できただろうから。

「本当に大したことじゃないから。ほら、予鈴鳴るから席に着きなよ」

「いや、でも・・・」

「ほら、戻った戻った!」

「わかったけど、何かあるなら相談しろよ」

 何度も後ろを振り返りながら、自分の席へと向かっていく彼。

(あれ、いつから悠の背中はあんなに大きくなったんだろう)

 胸の底から湧き上がってくる気持ちを抑制しながら、彼の背中を見つめ続ける。

 止まった。彼が席に着いた瞬間、もう一度振り返ってきたので、目を合わせないようにパッと目線を逸らす。

 今だけは、彼の優しさが余計に辛かった。私の気持ちなんて彼にはたぶんわからないだろう。

 彼の目に映っているのは、私ではなく北見先輩なのだから。