「いってきま〜す」

「気をつけていってらっしゃい」

 身支度を手短に済ませ、家の外へと出ていく。

 朝の空気は澄んでいて、息を吸うだけで肺の中から体が浄化されていく気がする。

 至って普通の日常...のはずなのに、私の心はポッカリと穴が空いてしまったまま。

 私の隣には誰もいない。

 1週間前から私は、1人で登校をしている。もちろん、このことを母は知らない。

 話せるわけがなかった。私の悠が誰かに取られてしまったなんて、言葉にできるわけがなかった。

 何より私のプライドが許せなかったのかもしれない。

 何度も通い慣れた通学路が違う道に感じてしまう。隣に悠がいないことでこんなにも不安が増していくなんて思ってもいなかった。

 毎日一緒にいるのが、当たり前だと思っていた過去の私は愚かだった。

 変わらない日常が続くことなんてあるわけがないのに。

 そんなことにすら気付けない私は、どうしようもなく幼稚で彼に頼り切っていたのだと痛感させられる。

 夏が終わり、街全体は秋の空気に包み込まれ始めている。  

 蝉も来年の夏へ向け、地中で耐え忍ぶ時間が始まるのだ。

 できることなら、私もどこかの地面に潜っていたいものだ。

 今ある現実は、私の目には耐え難いものだから。

 涼しい風が首元を掠め、今にも地に堕ちてしまいそうな枯れ葉を揺らす。

 ひらひらと何枚かは遥か彼方の空へと飛んで行ってしまった。

 学校が近くなってきたことで、徐々に同じ制服を着た生徒たちが視界に映り始める。

 私たちの学校は、ネクタイやリボンの色の違いで学年が分かれている。

 私たち1年生は赤色を基調としたネクタイやリボン。

 青が2年生、緑が3年生と比較的わかりやすいので、一目で学年の違いがわかるのだ。

 その群衆の中の1人に私の視線は釘付けになってしまう。

 悠がいた。私の大好きな幼馴染が、私の前を歩いている。

 以前の私だったら、走って彼に話しかけに行っていただろう。

 でも、そんなことはもうできない。

 彼の隣に並んで歩いている私がいるから。