「私ね、悠のことが大好き。今でも、その気持ちは変わらない。だけど、私の『好き』と悠が私に抱いていた『好き』はどうやら違ったみたい。英語で言うlikeとloveみたいに。悠はいつから、そのことに気が付いていたの?」

 懐かしむように、過去の思い出に耽っているのか穏やかで優しい顔。

 苦い思い出となってもおかしくはないのに、彼の中ではいい思い出に変換されてしまったのだろう。

 それくらい彼の心は子どものものから、大人の余裕のあるものへと変化しつつあるのかもしれない。

「そうだな〜。中学2年生くらいかな。気付いたのは、梓の部屋で遊んでいた時だった」

「私の部屋?」

「そうそう。たぶん、2人でゲームでもしてたのかな。そこまで鮮明に覚えているわけではないから、細かい部分はわからないけどね。ただ・・・あれだけは記憶にしっかりと染み付いているんだ」

「私何か悠にしちゃったの?」

「いや、梓は何をしていないよ。俺が、気付いてしまっただけだから。梓が俺のことを異性として見ていないってことにね」

 全然何も覚えていない。悠と私の部屋で遊んだのは覚えている。ほぼ日課みたいなものだっただから。でも、ある日を境に彼は私の部屋で遊ぶことはめっきりと減ってしまった。

 私は思春期という理由だと思っていたが、どうやらそういうわけではなさそう。

 考えてみても、私の空っぽな脳みそでは何も思い当たらない。

「あの日・・・俺はいつも通り梓の部屋に遊びに行った。普段と変わらず、ゲームをして笑い合って楽しかった。でも、俺が持ってきていたペットボトルのオレンジジュースが原因になるとは思ってもいなかった」

「ペットボトル・・・」

「そう。俺の飲みかけだったペットボトル。机に置いておいたペットボトルを梓が勝手に飲んだんだ。俺はその時まで両想いだとばかり思い込んでいたから、きっと梓は照れながら飲むに違いないと思っていた。現実は違った。弟の飲みかけの物を飲むかのように一切の恥じらいがなかった。中2なんて思春期真っ只中、異性を色濃く意識する時期なのに梓からはそういった感情は、元からなかったかのようにごく普通だった。いくら幼馴染とは言え、俺らは異性だったのに...まるで、本当の家族のような振る舞いだったんだ」

 そんなことが...私からすると、記憶にするまでもないもの。でも、彼からすると記憶に残ってしまうくらい衝撃的なものだったんだ。

 それくらい当時の彼にとって、その出来事は彼の心を深く傷つけてしまったのだろう。

「それがきっかけで、私の家に遊びに来なくなったね」

「うん。恥ずかしいけど、そうだよ。途端に逃げ出したくなった。俺は、小さい頃から梓のことが好きだった。梓にも俺のことを好きになってほしかった。もちろん、家族的な意味でも1人の男としても。前者は叶ったけど、後者の願いは叶わなかった。それが、何よりも悔しくてたまらなかった。あのさ、あの時の約束覚えてる?」

「約束・・・」

「そう、俺が公園でしたプロポーズを」

 あぁ、それは...私が夢に見ていた幸せに満ち溢れた頃の記憶。「好き」という言葉の本質がなんなのか、まだよく理解できていなかった頃にした約束。

「もちろん、覚えているよ。たまにあの頃の夢を見るから」

「そっか。俺は、その約束をいつまでも信じていたんだ。本気で・・・だから、なおさら悲しかったのかもしれないな。小さい頃の約束なんて、あったようでないようなものだからな」

 彼の瞳が悲しみを孕んだ色に染まっていく。まるで、当時の彼をこの場で再現しているかのように。

 雨に打たれた子犬に酷似しているくらい、その様子は寂しげなものだった。