「ごめん、お待たせ」

 振り返った瞬間に飛び込んできたのは、彼の優しげに微笑む安心感のある笑みだった。

 染井くんとは違った、私を見透かすような目。悠の目に映る私は目が赤らみ、鼻の先端はトナカイのようになっているだろう。

 きっと彼には、私が泣いている理由。これから話そうとしている内容が分かっているのだ。

 目を合わせることができない。決して恋愛的な恥ずかしさからくるものではなく、惨めな自分による情けなさからくるもの。

 微動だに揺れる彼の肩。首筋を伝う透明な何か。ワイシャツの第一ボタンの所を掴んで、パタパタと仰ぐ彼。
 
「ど、どうして悠は汗をかいているの?」

 私の口から出てきた彼への言葉は、単純な疑問だった。

「梓をずっと探していたから・・・ずっと校舎内を走り回ってた。梓を見つけたくて、逃げていた自分にケリをつけたくて」

 窓ガラスから一筋の太陽光が、私たちのちょうど真ん中の床を明るく照らす。ここは、生徒たちが普段使う校舎とは反対に建てられている校舎の4階廊下。

 ここに来る生徒は滅多にいない。先生たちですら、授業で使用しない限り訪れることはそうそうない。

 私たちだけの空間。現実とは切り離された感じがするくらい、他の音が一切届かない。

 窓ガラス越しに見える反対の校舎には、たくさんの生徒で賑わっているのに、誰1人としてこちらに気付く者はいないだろう。

「ありがとね」

「え、何が」

 なんのことかわからなく首を傾げる彼。

「私を好きって言ってくれて、嬉しかったよ」

「梓・・・俺さ・・・」

「待って!わがままだけど、今は私の話を聞いてほしい」

「うん」

 肺いっぱいに空気を取り込み、7秒時間をかけてゆっくりと吐き出す。

 冷たい空気が、私の熱った体を冷ましていく。気持ちがよかった。

 私はこれから彼に別れを告げる。そして、自分自身にも。

 彼に依存して甘え続けてしまった私を卒業するために...私は新たな一歩を踏み出す。