「一体どこにいるのよ」

 教室を出てから、20分近く校舎内を走り回っているが、彼の姿はどこにも見当たらない。

 そこまで大きな学校ではない上に、普段立ち入り禁止で施錠されている部屋もあるので、比較的時間はかからないと思ってはいたが、私の思惑とは反してだいぶ時間が経過してしまった。

 手元の時計では、休み時間が残り15分を切っていた。

 なぜか、この時の私は今でなければダメな気がしていた。休み時間の間に彼と話さなければ、私は一生逃げ続けてしまう予感が...

 あぁ、もうダメかもしれない。見つけられない。仮に見つけたとしても、今頃彼は北見先輩と楽しくお昼を共に過ごしているに違いない。

 そんな時間を私が奪っていいわけがない。彼のことを大切に思っていながら、彼の幸せを憎み、奪おうとした自分が今更彼に...

「梓!」

 何度呼ばれたか思い出せないくらい私の耳に深く染み付いている馴染みのある声。いつからだろう、彼の声が男性特有の低く太い声に変化したのは。

 昔は私と同じくらい高い声だったのに。あぁ、あの頃が懐かしいな。ずっと私の後ろをついて歩いていた君が。

 今では、私が君の背中を放さずにいるというのに。それが彼にとって、私にとってデメリットでしかないのは明白。

 気付いたのはついさっきだが、気付かせてくれた彼には感謝しかない。

 気付けないで行動に移していたら、どんなに恐ろしい未来が待っていただろうか。

 たぶん、私と悠の関係性は間違いなく崩壊してしまっていたはず。

「なぁ梓。体調は大丈夫なのか? お昼ご飯は食べたか?何か悩みがあるなら俺に相談してくれよ。俺らは幼馴染で・・・親友だろ?」

 あぁ、泣いてしまいそうだ。彼の優しさに...そして、彼が発した『親友』という言葉に。

 一瞬だが、彼は「親友」と言うのをためらっていた。きっと、まだ私たちの何かが完全には解決しきっていないから。原因は私にあるのは間違いないのだけれど。

「・・・ごめん。少しだけ待って」

「おう! いつまでも待ってるぞ!」

 溢れる涙を堪えようと、今朝色付きリップを塗った下唇を前歯で噛む。痛い...痛みで涙が徐々に引いていく。

 ポケットに入れておいたハンカチで、目元の涙を拭う。真っ白な花柄のハンカチに涙の跡がうっすらと残る。

 本当に泣きたいのは、私ではなくて彼なのに...情けなさと申し訳なさで泣いてしまった。

 過去の彼も静まり返った夜、孤独と戦いながら1人寂しく枕を濡らしていたのだろう。それに比べたら、私の涙など彼の流した涙とは、比にもならないくらい重みが感じられない。

 むしろ、この涙は流していいものだったのかすら疑わしかった。