授業の終了を告げるチャイムが校内に鳴り響いているのが微かに聞こえる。

「ほら、早く行っておいでよ。濡れちゃうし」

「染井君は行かないの?」

「僕は・・・もう少しここに居ようかな」

「なんで?濡れちゃうよ」

「今ね、次描く絵のインスピレーションが湧きそうなところなんだよ。だから、もう少しだけね」

 忘れていた。彼は現代版のピカソだった。勝手に私が名付けたあだ名だが、意外と気に入ってもいる。

「風邪引かないでね!」

「僕はバカではないから風邪引いちゃうかも。誰かさんと違って」

「あ! もう知らない!」

 屋上のドアノブに手をかけ、重く閉ざされた金属のひんやりしたドアをゆっくり体重をかけて開いていく。

 ドアを開けた瞬間に私の耳に届く、ザワザワとした賑やかな生徒たちの声。

 どうやら、屋上にいる間に30分が経過し、お昼休みの時間になっていたらしい。

 屋上を出る瞬間、後ろを振り返ったが彼はこちらを見てはおらず、雨が降り注ぐ空をぼんやりと眺めていた。

 何処となく儚げな何か思い残したことがあるような表情だった。

 そんな彼を屋上に取り残して、私は悠の元へ懸命に走る。どうしても今伝えなければならない想いを胸に秘めながら、人で溢れかえっている廊下を器用に避け、教室をひたすら目指す。

 勢いよく教室の後ろ扉を開く。勢いをつけすぎたあまり、全開になった扉は壁にぶつかりかなり大きな衝撃音が教室内に響き渡る。

 悲鳴をあげる生徒たちをよそに、私は悠の姿を探した。

 数秒後には、皆の視線が一度に私に向けられたが、そのたくさんの顔の中に悠の姿はいなかった。

「ちょ、ちょっと梓。どうしたのよそんな怖い顔して。それに体調は・・・」

 クラスでそれなりに仲の良い友達に話しかけられたが、今はそれよりも大事なことが私にはある。

 多少息が上がっていたが、その場で深呼吸をして目一杯酸素を体内に取り込み、また硬い廊下を蹴り上げる。

 後ろから『走るな!』と誰かの声が聞こえたが、今はそれどころではない。声の質からしてきっと先生なので、後で説教を食らうかもしれないな。

 待っていてよ悠。今、あなたがいるところに向かうから。気付けなくてごめん。1人で抱え込ませてごめん。辛い気持ちを抑えながら、私の隣で笑ってくれてありがとう。

 彼には伝えることができない想いを巡らせながら、彼の元へ私は走る。

 額から垂れ流れてくる汗が、目に入り沁みる。ジンジンと痛みが伝わる。でも、こんな痛み大したことない。悠の抱えていた痛みと比べたら、私の痛みなんて痒いものなんだ。