そこは空気が恐ろしいほどに新鮮で、手を伸ばせば届いてしまいそうになるくらい澄んだ場所だった。

 転落防止のために設置された緑色のフェンスの下では、体育の授業をしている男子生徒たちが楽しそうに一つのボールをがむしゃらに追いかけている。

 距離があるため聞こえては来ないが、楽しげな様子なのは雰囲気で分かるものだ。

 うちの学校の屋上は、今時では珍しく常に解放されている。お昼休みには大人気の昼食スポットだが、今は授業中なので誰もいない。

 当然、先生たちも授業中にこんなところに生徒がいるとは思うわけもないので、ここなら寛いで時間を潰すことが可能。

 空には青い空を一つの線が横切るように長く長く伸びている。

 雲一つない快晴。私のもやっとした澱んでいる胸中とは大違い。

 いっその事、私の心もさっぱり綺麗になってしまえばいいのに...

「あ〜あ、雲はいいな〜。何もしなくても流されて、どこまでも行けるんだもんね」

 ゆっくりではあるが、徐々に風に流されて遠くの空へと旅立っていく雲。

 あと30分近くある時間をどうしようか考えてみたが、考えたところで何も思い浮かばない。

 冷たいアスファルトの上に寝転がり、空を眺めてみる。初めての経験だったが、どこかしっくりくるものがある。
 
 変わらない空。数秒ほどでは、空に大きな変化がもたらされることはない。ましてや快晴の日など。

「あと授業どのくらいだろう。初めて授業サボっちゃったな〜。絶対、悠にバレたよな〜。本当に最悪だぁ」

 一時の行動を後悔するが、今更後悔をしたところで時間は戻ってはくれやしない。

 ただ前へ、未来へと時間は突き進むことしかできない。

 どんなに強く願ったところで、現実は私の思い通りになることはないのだ。

「大丈夫かい?」

「へ?」

 誰かの声が聞こえた気がした。私以外誰もいないはずなのに。

「大丈夫そうだね。授業をサボるなんて悪い子だね」

 また聞こえた。顔が影に包まれ、視界からは空が消えてしまったが、代わりに声の主が判明した。

「え・・・どうしてここにいるの?」

 私の視界に仁王立ちしていたのは、現代のピカソこと染井君だった。