「のどか、ひとに囲まれて気持ち悪くならない?」

 湊に言われて、わたしは「平気」と微笑む。

「最近ね、あんまり気にならなくなってきたんだ。まだ感情は伝わってくるけど、でも、まわりのひとの感情ばっかり気にしていても仕方ないから。わたしはわたしの感情を、大事にするよ」

 湊は、そっか、とうなずく。その間にもどんどん前に進んでいた美里たちが「はやくー!」と手をふっている。

 並んだ屋台でクレープや焼きそばを買ってみたけれど、やっぱり生徒がつくる学園祭クオリティだから、そんなに美味しくないね、とか。図書委員の出し物のおすすめ本棚コーナーは、草本先生の趣味全開だ、とか。写真部の展示にあった、わたしと柊木先輩が海で戯れる写真が「のどか泣いてない⁉」と疑われた、だとか。

 かわいくない感想をつけたり騒いだりしながら、わたしたちは文化祭を満喫していた。まだ明日だってあるのに、一日で遊びつくしてしまいそうな勢いだ。美里の吹奏楽部の発表は明日の朝一番にあるから、今日で体力を使いきるのはまずい。

「のどか。はい、願いの花」

 美里が模造紙で作られた花を渡してきた。

「ありがと。ほんと、うちの学校の生徒は、願ってばっかり」

 学園祭名物、願いの木だ。同じく模造紙で作られた枝が、玄関にはり出されている。生徒たちの願いが込められた花で、いまは二分咲きくらいになっていた。運が良ければ生徒会が全力で願いを叶えてくれるかもしれないという願いの木には、まだまだ花が増えるだろう。

 ペンを片手にどうしようかなあ、と迷って、『みんなに、いいことがありますように』と書いた。

「うわ、さすがのどか。優等生」
「本心なんだもん。仕方ないじゃん」

 くすくす笑いながら、美里は『文化祭、一週間くらい延長しろ!』と書く。そのとなりで、彩は『席替えしたら、近づけますように』と書いて、照れくさそうに笑った。

「だってわたしだけ、みんなと席が遠いんだもん」

 いまのところ教室の席は変わらず、美里、わたし、湊の席は並んでいる。彩だけが遠かった。夏休みが明けてから、すこしずつ司書室を出て授業に参加するようになった彩は不満らしい。

「彩、ほんとかわいいわー」
「それなー」

 わたしと美里がしみじみ言うと、彩は真っ赤になった。

「で、湊は? 書いた?」
「ううん。とくに書きたいこと、なかった」

 湊はペンを置いて、首をふる。美里が口をとがらせた。

「なんでもいいから書きなよー」
「また思いついたら」

 さらりと言う湊に、美里も諦めたらしく、「そっか」と笑った。わたしと目が合うと、湊は「また書くよ」とささやいて歩いていく。思いつくまで、探せばいい。文化祭はまだ一日目だ。うん、とわたしも湊に並んだ。

 そうして校舎をぐるぐる回って出し物を楽しみ、ふと、湊がいなくなっていることに気がついたときには、もう一日目が終わりに近づいていた。どこに行ったんだろう、ときょろきょろするわたしに、彩が言う。

「探しに行ったら? あたしたち、ここで待ってるよ」

 美里も、うんうんとうなずく。お言葉に甘えて、わたしはふたりと別れた。なんとなく、湊がいる場所はわかる気がした。迷いなく足を進めて、やっぱり、と立ち止まる。

「湊、願いごと、見つかった?」