「それでは、学園祭をはじめたいと思います!」

 体育館の壇上に上がった生徒会長の声に、わっと拍手が飛び交う。たくさんのひとびとの感情を浴びて、わたしは笑いながら同じように拍手を送る。

 学園祭は、予定どおりに二日間開催されることになった。この小さな町を騒がせていた放火魔が、無事に逮捕されたからだ。犯人は、学生時代にいじめられていたという男のひとだった。ずっと我慢していたものが爆発し、学校という空間に敵意が向いた。その犯人には、行き場のない感情を処理することも、受け止めてくれるひとも、いなかったんだろう。

 もしかしたら、わたしも、彩も湊も、そんなふうに感情を持て余して、爆発させてしまう未来があったかもしれない、と思う。だけど、きっと、わたしたちは大丈夫。

「二年一組、ステージ発表お願いしまーす」

 生徒会の呼びかけに、わたしたちはぞろぞろと舞台裏に移動した。開会式のあと、すぐにわたしたちのクラス発表がはじまる。

「彩、緊張してる?」
「うん、ちょっとだけ……でも練習したし。それにぶっちゃけ、台本どおりに読むだけだから!」

 ぐっとこぶしを握り、彩がはにかんだ。わたしも美里も、笑って待機する。

 ステージに、ライトで照らした影絵が浮かび上がる。美里がつくったジョバンニと、わたしがつくったカンパネルラが、影絵の世界で動き出す。彩の声がマイクを通して体育館に響く。きれいな声だ。

 すっととなりにひとが来る気配がして、顔をあげると湊がいた。夏休みが明けたいまも、左手には包帯が巻かれて、三角巾で吊るされている。湊は、静かに劇を見守った。

 そうして、わたしたちの銀河鉄道の夜は、無事に、観客からの拍手を浴びて幕を閉じた。

「彩、おつかれー!」
「よかったよー!」

 わたしと美里で彩に抱きつけば、驚いた彩がきゃあっと叫ぶ。その彩の後ろから、クラスメイトたちがつぎつぎと声をかけていく。

「遠藤さん、主役おつかれさま」
「大役ありがとうねー!」
「さっすが、彩ちゃん」

 彩は一瞬驚いた顔をして、それから、かわいらしいえくぼを浮かべた。それがとても愛らしかったから、わたしと美里で彩の頭をなでまわす。

 夏休みを通して、すっかり、クラスの空気も変わった。須川さんと仲直りなんてことにはならなかったけれど、傍観者だったクラスメイトは、わたしたちの友だちになった。

「あ、須川さん」

 早々に舞台袖から出て行こうとする須川さんに気づいて、わたしは声をかける。須川さんは居心地が悪そうに振り返った。クラスメイトたちの態度の変化によって、いまや彼女が少数派になってしまったのだから、逃げ出したくもなるだろう。その気持ちは、わたしにもわかる。

 彼女を許したわけじゃない。仲よくなりたいとも思わない。わたしに対しては……まあ最悪いいんだけど、彩には全力で謝れよ、と思う。それでも、彼女は劇を放り出さずに、カンパネルラ役をやりきった。

「おつかれさま」

 須川さんは目を見開いてから、そっぽを向いて出ていった。

「のどかー、さっそく回っていこうよ! どっから行く⁉」

 美里にがばりと抱きつかれて、わたしは笑う。あいかわらず、お祭りごとが大好きなのだ、この親友は。

「どこからでも。彩はどこ行きたい?」
「え、えっと……全部?」

 意外と彩も、お祭りごとが大好きだ。

「よし、じゃあ順番に回ろっか。ほら、湊も行くよ」
「ん」

 すっかり定着した、前方に美里・彩、その後ろにわたし・湊の布陣で体育館を出て歩き出す。ところどころに写真部の部員がカメラを構えているのが見えた。彼らは行事があると、撮影係に駆り出されるらしい。湊は、怪我のために今回は仕事を免除されている。

 柊木先輩と目が合ったから、ぺこりとお辞儀した。先輩は手をふって、カメラを向けてくる。

「ほら、湊。柊木先輩が写真撮ってくれるって」
「え? 俺は撮るの専門だから、撮られるのは――」
「いいからいいから。美里、彩、写真!」

 ぱっと笑顔になって柊木先輩にポーズをとる娘三人衆。湊はいつものポーカーフェイス。先輩はおかしそうに笑って、また手をふると黒髪のキューティクルをきらめかせながら歩いていった。

 先輩には、湊がすべて事情を話した。そのうえで、彼らは恋人でいることをやめた。先輩は湊に謝ったし泣いていたけれど、夏休みが明けてしばらくすると、いつものように笑顔を浮かべてくれた。やっぱり先輩はやさしくて強いひとだ。