湊の心は、湊のものだ。自分で見つけないと、意味ないよ。

 湊は行き場をなくした腕を見つめて、首をふった。やっぱり彼は、泣いてない。それでも、心細そうに指先がふるえる。その手を握って、湊の瞳を見つめた。まだ、感情の読めない瞳。

 だけど、わたし――、わかった気がするよ。湊のしてほしいこと。

 だから湊も、気づいて。

「湊、夕暮れが嫌いなのは、なんで?」
「……燃えてる、みたい、だから」

「なんで、それが嫌なの?」
「思い出す……、から?」

「思い出したくなかった?」
「たぶん……、いや、よく、わからない」

 湊は力なく首をふる。そっか、とわたしはうなずいた。

「ねえ、わたしは合宿誘ってもらえて、うれしかったよ。湊は、この合宿楽しい? このあと、花火も星空撮影もあるよね」
「楽しい、と思う」
「それ、わたしがそう言ってほしそうだからって理由で言ってない?」
「だって……、わからないから」

「じゃあね、海を撮るのとわたしを撮るの、どっちが好き?」
「……のどか」

「お肉と野菜、どっちが食べたい?」
「肉、だと、思う」

「花火がしたい? 花火の写真を撮りたい?」
「……写真」

「今日、楽しかった?」
「たぶん……むずかしいこと、聞かないで」

 湊が困ったように眉を下げる。

 血が、止まらない。

 わたしは、両手で湊の左手首を押さえつけた。自由になった湊の右手がさまよって、わたしの脇腹あたりの制服をゆるゆるとつまんだ。その指先を見つめて、わたしはゆっくり口を開く。

「どうして、わたしに手を伸ばすの?」
「え」

 湊が不意を突かれたみたいに目を丸める。

「右手。なんで、わたしに伸ばしたの」
「なんで、だろう」

 不思議そうに首をかしげて、それでも手は離さない湊がうなだれる。

「のどかの言うことは、むずかしいよ」
「そうだね。でも、教えてほしいな」

 湊はくちびるをかんだ。ゆっくりゆっくり考える。どれだけでも、待ちたかった。だけど湊からあふれ出す血が、わたしを急かす。怖くて、不安で、ふるえてしまう手で、湊の血を止めようとする。お願い、湊が答えてくれようとしているから。これ以上、命を流してしまわないで。

「……寒くて」

 ぽつりと、湊がこぼす。わたしははっとして、顔をあげた。すがるような湊に、「うん」とうなずく。

「教えて」

「……ひとりじゃ、寒くて」
「うん」

「ひとり、じゃ、不安……かも、しれなくて」
「うん」

 湊の瞳が揺らいで、でもそれを拒絶するみたいに、湊はまぶたを閉じて。すこし開いては、困惑した顔をする。それでも必死に言葉を探そうとしているから、わたしは待った。わたしからは、なにも言えない。

 見つけてあげてよ、湊の心。自分の手で。

 こつんと、彼の額がわたしの肩にぶつかる。小さくふるえる呼吸音がした。

「……ひとりに、しないでほしい、ような……そんな、気が、して」

 うん、とわたしはうなずいた。

 揺らいだ自分の声に、湊は困惑しているみたいだった。ちらりとわたしを見上げる瞳が不安に染まっていて、わたしは微笑む。あともうすこし、がんばって。首をかたむけて、湊に頬を押し当てる。わたしの感情で、湊を包み込みたかった。湊はわたしみたいな体質じゃないけど、伝わっているかな。伝わっていてほしい。

 湊がかすかに息を吸った。

「――つら、い」

 落ちてきた言葉に、わたしは涙をこぼして、うなずいた。

「生きるのが、怖くて、しんどくて……つらい。だから」

 湊の手に力がこもる。

「だれかに……、のどかに、助けて……、ほしくて」

 小さな願いを、絞り出すようにして。湊は口にする。とてもとても大事な言葉のように、ゆっくりと、ふるえて、濡れた声で、必死に紡ぐ。

「俺は、たぶん……、死にたく、ない、から……。生きてていいよ、って、言ってほしくて。助けてほしくて。認めてほしくて」

 ――だれかに、死なないで、生きていて、って言ってもらえたことは、うれしかったと思うよ。

 湊が前に、そう言っていた。彩はきっと、そう思ってるんだって。本当は、湊だってずっと、そう願っていたはずなんだ。

「俺は、生きて、いたい」
「……うん」

 わたしはうなずいた。

 湊の大事な言葉を受け止めて。泣いてしまった湊と頬を合わせて。

「わたしは、湊に、生きてほしいよ」

 わたしも大事な言葉を、送り返した。