いつも学校や駅のホームから海を眺めていたけれど、実際浜辺を歩くのは久しぶりだった。制服にローファーで砂浜を歩くのは、汚してしまいそうで罪悪感がある。だけど、どうせ借り物だから、と遠慮を振り払うことにした。

 明るい海がまぶしくて、目を細める。

「ポーズとか、とったほうがいいの?」
「ううん。自由にしてて」

 湊はカメラのレンズをのぞきこむ。そっか、とわたしはすぐそこに広がる海を見つめた。潮騒に、写真部みんなのはしゃぎ声が重なる。

 夏休みももう終わろうとする、最後のイベント。写真部の合宿。わたしと湊は、予定どおりに合宿に参加していた。

 いまは、みんなで海に来ての撮影大会だ。カメラを構えた部員たちが思い思いにカメラで風景を切り取っていく。湊を含めて、彼らは写真部おそろいのTシャツを着ている。

 けれどそんな部員たちの世界と、わたしと湊のふたりの世界の間には、薄いベールでさえぎられているような距離感があった。彼らの声も、どこか遠く感じる。いや、そう感じているのはわたしだけなのかもしれない。

 湊の様子はいつもと変わらない。わたしだけが、気にしていた。

「へんな顔してる」

 湊が歩いてきて、カメラの画面を見せてくれた。海を背景に、沈んだ顔をしているわたし。

「……不細工だなあ。その写真はみんなに見せないでよ? ていうか消して」
「わかった。のどか、さっきからずっとその顔してる。しばらく写真は無理かな」

 わたしを責めているわけじゃない。事実をそのまま述べた湊は背を向けた。

「ねえ、湊」
「なに?」
「楽しい?」

 湊は首をかしげて、「楽しいよ」と返す。こう言われたらこう返せ、と決められた機械みたいな単調さで。わたしは部員たちのもとに交ざっていく湊を、無言で見送った。

「のどかちゃーん」

 入れ替わるように、カメラを構えた柊木先輩がやってきた。彼女は写真部で唯一制服姿だ。

「大丈夫? 写真撮られるの、緊張する?」

 やさしく微笑む先輩に、わたしはゆっくりうなずいた。彼女の気遣ってくれる感情が潮風に乗って、ふわりとわたしを包み込む。

「ふだんから自撮りとかもしないので。はずかしいです」
「そっかあ。リラックスして。ふつうにしてるのどかちゃんを、湊くんは撮りたいんだと思うよ」

 先輩の視線が湊に向いた。湊はカメラ越しに海を見つめている。写真ならわたしよりも湊自身を撮ったほうが、確実に見映えがいいだろうに。

「今日ね、午後からくもりなんだって。夜空の写真は無理かもしれないなあ」

 先輩が浜辺を歩いていく。わたしもそのとなりに並んだ。一歩踏み出すごとに、ローファーが砂浜に沈んで歩きづらい。

「去年は晴れてて、きれいな写真が撮れたんだよ。一泊二日だと、お天気に関しては博打になっちゃうんだよね。せめて二泊三日にしておけばよかったかなあ」
「でもわたしが見た天気予報だと、夕方くもりで、夜は晴れるかも、って言ってましたよ」
「ほんと? じゃあまだ希望はあるか。よかったあ」

 先輩の声がうれしそうに弾んだ。

「せっかく夜に集まるんだから、星を撮らなきゃなんのための合宿よって話だからね」
「夜は花火もするんでしたっけ」
「そうそう。でもうちの部員たち、みんな花火するより写真撮りたいって言うと思うから、のどかちゃんがいっぱい遊んで。わたしたちは、カメラ構えて撮りまくるからね」

 先輩が数歩先に駆けて振り向くと、いたずらっぽい仕草で、カメラをわたしに向けた。こんな暑い日でも、先輩は涼しい顔をして、潮風に黒髪をなびかせている。やっぱりわたしより、先輩を撮ったほうが見映えがいい。

 写真部に、なぜ美男美女が入ってしまったんだ。湊も先輩も、撮られる側の人間じゃないか。ちょっと自分がみじめに思えてきて、口がとがる。

「花火より写真って、そんな若者いるんですか」
「いるんですよー、ここにたくさん」

 笑いながら、とんとんっと後ろ歩きで歩く先輩が「わっ」と叫んだ。砂に足先をとられて、派手に倒れ込む。だけど写真部としての意地か、カメラは高く掲げて死守していた。

「だ、大丈夫ですか⁉」
「あはは、失敗失敗。平気だよ。この制服だって、借り物だから汚れても困らないし」

 頬を桃色に染めて立ち上がった先輩が、制服についた砂を払う。

 そうして、なんの前触れもなく言った。

「のどかちゃん、湊くんのこと好きだよね」
「え」

 わたしは先輩を見つめる。

 写真部のみんなとは、いつのまにか離れた場所にいた。ざああっと波が押し寄せる音が耳につく。

「この前、答えてもらえなかったから」

 先輩はそう言って、わたしに微笑んだ。