なにをするでもなく、窓の向こうを見つめる。一瞬顔を見せた草本先生が「あら、三糸さんひとりは珍しいわね」と言ったけれど、なにかを察したのかすぐに司書室にこもってしまったから、閲覧席にはわたしひとりだ。

 吹奏楽部の音色を聴きながら海の波間を見つめて、音楽室の美里と教室にいる彩、そして部活動に励んでいる湊を思う。うそ。湊のことが大半を占めていた。美里と彩、ごめんね。

 そうしてどれくらい経ったころか、下から「のどかちゃーん」とわたしを呼ぶ声がした。ぼうっとしていたから、驚いた。あわてて見ると、外を歩く柊木先輩がわたしを見上げて手をふっていた。ぺこりと頭をさげる。するとなにを思ったのか、「そっち行っていい?」と柊木先輩が声を張った。

 えええ? なんで? わたし、なんかした?

 不安になったけど、「どうぞー!」と叫び返す。待っていると、先輩がひょっこりと図書室に顔をのぞかせた。湊が部活中なら、もちろん柊木先輩だって部活中。カメラを携えた彼女はにこりと微笑む。

「夏休みの図書室、窓辺の少女。っていい題材だと思うんだよね。ビビッときちゃった」
「えっ。撮らないでくださいよ?」

 あわてて言うと、先輩は「残念」と肩をすくめる。それから、いたずらっぽい顔で首をかしげた。

「なんでここに先輩が、って思った?」

 ぎくりとする。美里たちとあんな話をしたばかりだし、気まずい思いはあった。わざわざ図書室まで来るなんてどうして、とは、たしかに思ってしまった。

「わたしね、のどかちゃんのことは、すぐ見つけちゃうんだ。のどかちゃんセンサーがついてるんだと思う」

 先輩がカメラをいじりながら、朗らかにそう言った。わたしはあいまいな笑みを返す。のどかちゃんセンサーって、なんだ。

「ほんとだよ? わたしが一番警戒してるの、のどかちゃんだから」

 なんですかそれ、と言おうと思ったわたしは、口をつぐむ。カメラから目を上げた先輩が、にっこり笑顔を浮かべた。

「わたしが負けるとしたら、のどかちゃんだろうな、って思ってさ」
「……えっと」
「あ、勘違いしないでね。わたし、のどかちゃんのこと好きだし。のどかちゃんになら、負けても仕方ないかって思いはじめてて……うーん、なんかどれだけ言葉を尽くしても、怖い先輩になっちゃいそうだなあ」
「……あの、なんの話ですか」

 先輩はすこし眉を下げて、言った。

「聞きたい?」

 わたしは、ゆっくり目を閉じて迷ってから、首を横にふる。

 湊のこと、なんだろう。それはわかる。だけど、先輩がなんの意図を持ってここでそんな話をしているかまではわからない。でもきっと、聞いたら先輩の心を傷つけてしまいそうだった。

 先輩と別れたほうがいいかとわたしに訊いてきた湊と、まだきっと湊のことを好きなのに、こんな話をしてくる柊木先輩。複雑そうな恋人ふたりと、それからわたしも入れた関係性が、よくわからない。

 先輩はわたしのとなりに来ると、窓枠に肘をつく。風がさらさらと先輩の黒髪を揺らした。陽の光にあたると、きらきらキューティクルが光る。わたしはそっと目をそらして、そのまま視線を海に投げた。

「先輩」
「なあに?」
「夏祭りとか、湊と行きますか?」

 先輩は沈黙して、ちらりとわたしを見る。

「どうして?」
「あの、最近の湊、その、ちょっと疲れてるみたいで……」

 しどろもどろ言うわたしを先輩がじっと見つめてきて、余計にわたしは言葉に迷う。自分がなんでこんな話をしているんだか、わからなくなってきた。だけど、そう、わたしは湊にも気分転換をしてほしいんだと思う。

「先輩と遊びに行けたら、湊も喜ぶんじゃないかなと、思うんですが」
「行かないよ」

 先輩は微笑んだ。きっぱりとした物言いに、わたしは目を丸めてしまう。微笑みとは裏腹に、暗い感情が先輩からにじみ出していて、わたしの心を苛んだ。

「誘うかどうか、迷ってたんだけど、行かないことにした」
「……なんで」
「聞きたい?」

 先輩はとても魅力的な微笑で首をかしげ、それからわたしの横を通って図書室の扉に向かう。

「その日、湊くんはフリーだよ」