首を巡らせて、彼女たちのほうを見る。異様な単語が聞こえた気がした。

 湊が、なんて……?

 須川さんたちは、相当文化祭準備に、というか彩とわたしに不満を抱えているらしい。いつもなら湊のことは持ち上げているのに、今日は彼についての下世話なうわさで鬱憤を晴らそうとしているようだ。彼女たちの声音と、肌をのぼってくる彼女たちの感情が、わたしによくない予感を伝えていた。

 心臓に蛇の舌が這って、どくん、とふるえる。さっきと同じように、耳を立ててしまう。

「えー、なにそれ?」

 笑い声を含んだ疑問。それに返す、須川さんの声。

「あたしも聞いた話なんだけどさ、湊くんって、むかし――」

 そのときだ。

 急に、なにも聞こえなくなって、わたしは跳び上がるほど驚いた。だれかに耳をふさがれているらしい。でも怖いとは思わなかった。ゆっくり首の位置をもどす。だれの手なのか、なんとなくわかっていたから。

 そこには、湊がいた。

 なにも感じさせない、いつもの表情で、わたしの耳をふさいでいる。すこし長い髪がかかった瞳は、なんの感情も映さない。ただわたしの顔を見つめていた。

 わたしも湊を見返した。

 澄んだ、無垢で、無感情で、空虚な、その瞳。

 わたしは、湊の手に、自分の手を添えた。耳を解放してもらおうとして。だけど、湊の力は思いのほか強くて、離れなかった。ただじっと見つめ合う無言の時間が過ぎる。

 距離の近さだとか、手が触れていることとか、胸がどきりとしてもいい状況だったと思う。だけどわたしの心は、湊の心を写し取ったように凪いでいた。

 凪いでいるのに、ひどく不安だった。

 すこしして、湊はそっと手をおろした。

「――湊?」
「ん?」

 なにもなかったみたいな、顔。

 須川さんたちの声はもうしなかった。立ち去ったらしい。

「あの、どうかしたの?」
「なんでもない」

 それは、さすがに無理がある。でも湊はさらりと言う。

「今日の文化祭準備、終わった?」
「え、あ……うん。さっき終わった」
「また行けなかったな。ごめん」

 それはいいんだけど。

「のどかは今日、体調悪くならなかった?」
「うん……、平気」
「そ」

 ふつうに振る舞っている湊だけど、わたしは落ち着かない。だって、さっきの湊、変だったし。でも湊は「まだ部活あるから」と去っていこうとする。

「ちょ、ちょっと待って、湊!」

 わたしはあわてて手を伸ばす。

 だけど。

「あれ、のどかちゃん。夏休み入ってからは、はじめて会うね。久しぶり」
「……柊木先輩」

 はっとして、腕をおろす。