「私」は、十分から十五分の昼寝を終え、漸く事件の経緯を話始めた。

先ず、警部殿。私と()の女の関係は御存知でしょうか。…左様ですか、では先ず忌々しき女と私の関係から話しましょう。
警部殿、女…嗚呼、貴殿からすれば被害者ですね。其の女は帝都有数の名家・北条家の当主で御座いました。私は、其の北条家の分家の当主で御座います。…え?嗚呼、分家迄は調べていなかった、と…仕方在りませぬ、北条家とは違い、影がとても薄い家ですから…はぁ。自虐も程々にして、話を続けましょうかね。
其の女は、とても顔立ちが良く、昔から縁談が途絶えぬ程です。更に、器量良し頭脳も良し。そりゃあ、男共は欲しがる訳ですよ、警部殿。

へらりと「私」は嘲笑(わら)う。
然しですよ、警部殿?と、「私」は言う。

産まれた時から蝶よ花よと大切に育てられました。だからなのでしょう、誰も彼奴(あやつ)の毒に気が付かなかったのです。
真綿に針を包んだ女は、二人きりになると私を、普段以上に罵りました。えぇ、えぇ、其れは其れは物凄く酷い罵詈雑言で御座います、警部殿。

惘乎(ぼんやり)と「私」は宙を見詰める。
飽きたのか、「私」はぶらぶらと足を揺らつかせ、視線をチラリ、と「警部殿」に寄越した。
ふふふ、と不気味に微笑む「私」に、「警部殿」を始めとした取調べ室の者達は、鳥肌を立たせた。

出来損ないと言われたのだろう、と仰いますが…ねぇ、警部殿?私、疑問に思うのです。私だって、人間です。學生時代の私の成績は御存知?人並みには取れて居ますよ?なのに、本家…北条家の者達は、出来損ないと私を罵るので御座います。挙げ句の果てには、私の産みの親迄もが罵るのです。
警部殿、何故私は実の親に迄罵られなければならないのです?

きょとん、とする「私」。何故?何故?と人に聞き回る幼い子供の様だった、と「警部殿」は後に語った。

いやぁ、人間とは不思議なものです。産みの親でさえ、北条家()の圧力には勝てずに私を罵倒するのですから!

バッ、と両腕を広げる「私」。道化師の様に、厭に笑顔だった。

…さて、そろそろ此の取調べを終えましょうか。
私、もう飽きましたので動機と手段を簡潔に話しますね。動機は、『幼い頃からの女からの酷い仕打ち』。手段は、ジフェンヒドラミン等、睡眠薬の主成分を強く混ぜた薬を飲ませました。其の後、銃で殺害。ですが…迂闊(うっかり)、銃声を近隣住民に聞かれ、通報されてやって来た警官達に、私は逮捕されました……警部殿、私は唯、復讐しただけなので御座います!何故、何故!()の忌々しき女は捕まらないのです!

バンッ、と「私」は強く取調べ室の机を叩いた。
目は血走り、「警部殿」は万が一に備え、取調べ室・取調べ室の扉に、警官を増やすよう指示をした。

嗚呼…嗚呼……私は、私を救う為に行ったと云うのに…あんまりだ……

「私」は、顔を伏せてぶつぶつと呟き、嘆いて居た。
こうして、北条家当主殺人事件は終幕したのである。