25歳のとき、遠距離恋愛していたピアニストに振られ、失意のドン底……。ずっと一緒にいられると思っていただけにショックは大きく、まさか8年近くも引きずり貴重な20代を棒にふることになろうとは。
私こと可憐は、28の時に2つ下の妹が結婚し、翌年に子宝に恵まれた瞬間、「もう20代最後なのに結婚どころか彼氏もいない。そろそろやばくね?」と思い、婚活を決意。
ついでに別れた元彼のことも忘れられるなら、ちょうどいい。
結婚前提ってのは手っ取り早いし、外堀さえ埋まればきっと楽勝。30代前半ならまだ十分いける。半年もあればいけるんでないか。などと調子のいいことを思っていた。
29歳で婚活パーティーデビューした私。
初めは肩慣らし程度に、気軽に参加しよう。週1で予定を組み、興味のある内容のパーティーに行きまくった。
初期のマッチング率は8割程度。たいてい誰かとはマッチングした。しかし、なかなか次には繋がらず。そんなことを繰り返していたら、あることに気づいた。
元彼と比較していることに。
全然忘れられていないことに。
マッチングすることが目的の、ゲーム感覚になっていた事に。
そして、とうとう30代になった頃、マッチングしにくくなった。
たった1年しか違わないのに、29歳と30歳では扱いが違った。29歳の頃は「まだ20代なんて若いですね」と若さでまだ勝負できたが、30歳になると「若い」とは言われなくなった。恐ろしいことに、この1年の壁を感じた翌年。
31歳になると、「30代限定」というイベントを中心に参加するようになった。
若さが通用しなくなった今、私のもつ最大限のスペックはなんだろう。
非正規雇用。
実家暮らし。
彼氏いない歴5年以上。
貯金ほぼなし。
年収250万。
ただの脛かじりオバサンではないかと自覚したのは、「え、30過ぎてまだ親と一緒に暮らしてるの?」の一言だった。
美肌、色白、スレンダーとよく言われる私は、完全に調子に乗っていた。というか、勘違いしていた。
若作りとまではいかなくとも、それなりに小綺麗にしていればとりあえず第一印象はクリアだろう。
実際に好意的に見てくれる人は何人かいた。が、自分のタイプではない人だといまいちモチベーションが上がらず、「期待持たせても悪いし」と早い段階で食事の誘いすら断っていた。別に告られたわけでもないのに、だ。
そして、さらに気づいた。
このままずっと結婚できなかったら、実家に居続けるのか?
それだけは絶対に嫌だ。
なぜなら、私は両親が離婚しており、母方祖父と叔母がいた。
え、叔母? と思ったあなたは察しがいい。
私の叔母。未婚でこれまで一度も実家を出たことがなく、祖父と母とも折り合いが悪く、酷いとヒスを起こして暴れる。
ちなみに私の父は婿養子で、私が2歳のときに離婚が成立。
私の母は結婚してから新居で生活していたが、ホームシックになり3ヶ月くらいで実家に戻ってきたらしい。
父からすれば、「話が違うやん」だろう。肩身の狭い思いをしながらの同居は苦痛だったに違いない。まあ、そんな父は銀行員だったようだが、金遣いが荒いところがあった模様。離婚の決定打になった理由を母は未だに教えてくれないが、少なからず金銭トラブルもあったようなことは風の噂で聞いた。父から私と妹の誕生日やクリスマスプレゼントが届いたときも、母と祖父母は即送り返していた模様。かすかな記憶としてその時の状況は断片的に覚えてはいるが、父の顔は正直全く覚えていないし、写真も1枚も残っていない。母子手帳の父の欄には修正液で消したあとが残っていて、幼ながらにショックだったことは覚えている。
で、話を戻す。叔母についてだが、叔母いわく「あんたの母親の離婚と私の縁談の時期が重なって、両親(私の祖父母)になかなか切り出せなかった。でも、言わなきゃと思って思い切って話したら、『姉が大変なときに勝手なこと言うな! 可哀想だろ!』って怒鳴られた。同じ職場で出会った人で、遠方に転勤が決まったからついてきてほしいと言われたんだけど、親を捨ててでも一緒についていく覚悟ができなかったから泣く泣く別れた」らしい。
つまり、私の母のせいで結婚できなかったのだと、長年の恨みつらみが積もり積もって、私の妹の結婚が決まったときも「式には出てやらない!」と暴れ、私が3度目の転職で勤務3日目の頃、急に家事のやり方が気に入らないとキレて「お前なんかどうせまたすぐ辞めるんだろう!生意気なんだよ!」と言って出勤前に殴る蹴るの暴行、グーパンで殴られたときにコンタクトが吹っ飛び片目が充血、青痰できた状態で仕事に行ったことがあった。メイクで何とか隠したが、それを母に言ったら「警察は大事になるからダメ。病院行くなら、殴られたって言ったら絶対にダメ。穏便に済むよううまく誤魔化して」と言われて「あ、もう無理だ。家出よう」と思わぬ形で実家脱出計画を企てることになった。
しかし、現時点では貯金がない。
実家暮らしなら貯まるというのは、幻想だ。非正規雇用、しかも当時は時給の仕事だから月によって給料が変動。転職する前は月給だったが、これもまた薄給で自転車操業状態……。正規採用ならボーナスあるからその分早く貯まるんだろうな、と思いながらも正規になる気は起きずにいた。実家にいながらも、車のローンの支払いやガソリン代、保険やその他諸々の経費払っていたら給料ほとんど残らず。でも、貯めなきゃと一念発起。
翌年に雇用形態が変わり、月給になったこともあり一人暮らし関連の本を読み漁り、内覧に行ったりした。手順をノートにまとめ、リストを作成し、資金を貯める。
とりあえず、シェルターを確保したい。
そう思い、不動産屋で見積もってもらった初期費用を目安に、3ヶ月くらいかけて資金をかき集め、賃貸を契約した。このとき、実は背中を押してくれた親族がいた。
もう一人の叔母だった。
「よく決断したね。もし本気で一人暮らし始めたいって言うなら、おばちゃんが保証人になってあげるから」
これはかなり大きかった。実家の叔母に殴られたから家を出るんじゃない。思えば、家を出たいと思っていたのは大学4年の頃。
卒業のタイミングで出たいと母に打ち明けたら、全力で止められ就活も失敗。何とか祖父のコネ?で勤めた仕事を4年半でリタイヤするときも(失恋、鬱、交通事故が続いて廃人同然)、辛抱が足らんと追い打ちをかけられ一時は職場のトイレでカッターナイフを持ち込みリスカ、アムカが止められずいた。このままだと自我が崩壊すると思い、心療内科にお世話になることに。幸い、対処が早期だったことと大学で心理学を専攻していたこともあり、専門家の話は入りやすく自分を取り戻すのに時間はかからなかった。そんなこんなで非正規雇用ばかりの31歳、とうとう実家以外に居場所を見つけた。しかし、このことは当時母は何も知らない。
実は、部屋だけ先に契約しながら、しれっと実家で生活を3ヶ月ほど続けていた。今のままではまだ生活できないからだ。
家具家電がそろい、部屋の荷物を新居に運び出すまでは。で、大型家電は現金値引きの配送無料のところでお願いし、その他は近くのホームセンター等で揃えた。
家賃はもったいなかったけど、月4万でお釣りが来るならギリできた。
自分だけの部屋。そして、住民票の異動。
初めての一人暮らしは、なかなかスリリングなスタートだった。とある日の遅番の日を狙って、「今日からここで生活します」と写真つきで母にLINEを送り以降無視。
というか、協力してくれた叔母が母を全力で叱り飛ばしてくれた。
母は私が「勝手に家出してしまった」と泣いたそうだが、「家出じゃない。ちゃんと報告してるじゃん。それにいい大人がいつまでも実家にいるほうがおかしい。だいたいね、もっと前からそうしたいって言ってたのに頭ごなしに姉ちゃんが反対するからこうなったんじゃん。いい加減解放してあげな。やっと自由になれたんだから、絶対に勝手に会いに行ったらだめ。連絡するのもだめ。わかった?伝えたいことがあれば私に言って」と釘を差してくれたようだ。
風向きが変わったのは、いつからだろうか。
決断するだけじゃなくて、実際に行動してからだったように思う。
私は31歳にして、ようやく「実家暮らし」を卒業できたのだった。婚活に不利な条件は、ないに越したことはない。それを一つ消去できたのは、かなり大きな第一歩だ。
自由って素晴らしい。
思えば大学生になっても日没までに帰ってこいという親の元で育った私に、まともな交友関係が築けるはずもなかった。
大学2年生の夏、サークルを通じて出会った初めての彼氏は2つ年上、実は高校も部活も同じだったという偶然の一致から距離が縮まり、私からの告白で交際がスタートした。その彼氏と金沢までドライブデートに出かけた。遠方なので当然帰りは遅くなる。高速飛ばして市内に入る頃、時刻は夕方4時。まだまだこれからというところで母から電話。正直出たくなかったが「出ていいよ」と彼が言うので仕方なく通話ボタンを押した。
「ちょっと、どこにいるの?もうすぐ夕飯の時間だから手伝ってよ。早く帰ってきなさい」
「!?」
ありえない。
スピーカーフォンにもしていないのに、母のバカでかい声は受話器からダダ漏れ。
「帰ろうか?」
「え、でも……」
「いいよ、また次の機会にしよう」
ものすごく気まずかった。そして、こんなことが続けばうまくいくものも行くわけがなく。2ヶ月後に振られて、自分の部屋で泣いていた時に母が放った言葉は。
「そうやってメソメソするから振られたんだわ」
と吐き捨てるように言った。あの顔は、「ざまあみろ」と言っている表情だったのを私は今でも忘れない。この時と、私が就活がうまく行かずに夜な夜な枕を濡らしていたときは実家の叔母ですら私に同情してくれていた。当時は「あんな奴に負けるな」「私みたいになったらいかん」「あいつは平気で人を傷つけることばかり言う。おばあちゃんなんてあいつのこと悪魔っていってたわ」「人の幸せが面白くないんだよ。自分は結婚失敗してるから」などだいぶ私の心情に理解を示すような言動すらあり、実際に母と口論になった時も「自分の娘によくそんな酷いこと言えるな!だから旦那ともうまくいかんかったんやろ!自分が幸せじゃないからって、人の幸せに水さすようなことするんじゃないわ!それでも親か!」とものすごい剣幕でキレていた。見方によっては叔母も被害者意識をもつのは仕方のないことだと思うし、決して支離滅裂なことを言っているわけでもない。叔母はキレると手がつけられなくなる。でも、その背景には深い深い傷として残るような過去の、消化されるべき感情を逆撫でするような出来事が幾度となくあったのだろうと推察した。理解はするけど、理性を失った叔母がやったことははっきり言って刑事事件にもなりかねない。叔母は人の気持ちがわからないわけではなく、寧ろわかりすぎるからこそ苦しいのだろう。さらに、正義感が強いので、黙って見過ごせないところもある。高ぶる感情をコントロールするのがどうしても難しく、気がついたら手が出ていた……と事が起こってからものすごい罪悪感に苛まれるらしい。そんな機能不全家族のもとで生活するには、とうの昔に限界を超えていた私。31歳、最後のチャンスと腹をくくり、水面下で実家脱出計画を遂行したのは、今となっては良い思い出だ。ちなみに、母のことは今でも嫌いである。でも、無理に好きにならなくてもいいと思った。親子だから一緒にいなければいけないわけじゃない。いたくなければ、物理的に距離をとればいい。ただそれだけのことを実行するのに、どれだけ時間を費やしていたことか。もっと早くやっておけばよかったことの第1位と言っても過言ではない。
実家を出てから結婚するまでの約3年は、最後の1年を現在の夫と出会い過ごしたおかげで、元彼の顔すら思い出せないくらい色褪せていてびっくりした。約8年。引きずっていた失恋の痛みは、夫の手をとった瞬間にどこかへ行った。
一人暮らしは最高に楽しかった。友達も泊まりに来て夜通し喋り倒したり、夫も何度か泊まりに来たり、一緒に旅行にも行った。職場の人と飲み会で夜遅くなっても、誰も文句は言わない。こういう時間が、ずっと欲しかった。それを実現できたことが、さらに自身の行動を変えた。親から解放されるって、何て幸せなんだと感じた。もちろん、生活の面では苦しいこともあったが。非正規雇用でも、実家暮らしを脱出できる。そして、それが次の目標に向かう大きな力になった。
今まで漠然とした「結婚」。
自分の家庭をもちたい。家族になれる人に出会いたい。婚活に望む姿勢を変えた途端、婚活の方法にも変化が生まれた。
もっと効率よく、自分に合った人に出会いたい。婚活パーティーから、マッチングアプリに移行し、私の新たな婚活が始まった。
実家を出る前と出た後では、出会う人のタイプが一新された。というか、いい意味で「見る目が変わった」と言ってもいい。
今までと大きく違う点は、相手に対し「自立しているか」「生活力があるか」というところに重点を置いて見るようになっていたことだ。
これまでは「36歳、地元の国立大学医学部卒、町会議員兼塾講師、年収700万、実家暮らしです」の人にも何の疑問も持たず「へぇ、国立大学医学部卒で議員やりながら塾の先生もやって頭良いんだ。すげー」とか思っていた。でも、今なら「ずっと実家を出ずに親元にいるのは何故?介護とか?議員と塾の講師ってやってることはすごいけど、そもそも医学部卒で何故その道に行った?結局何がしたいんだろう?まさか、親の言いなり?いい大学行っていい就職して、とかいう。ああ、そういう親だったらめんどくさそうだな。仮にこの人自身は良くても、その親からの圧がすごくて嫌になるパターン?てか、議員ってことは選挙とか、そのための応援演説とかあるんかな?ますますめんどくさいかも。うん、一度食事行って実際に話聞いてみて無理そうなら次行こ」くらい分析する。効率的に出会うのは味気ないかと思えば、実はそうでもない。婚活パーティーは、数秒間で相手の情報を見て話題をふらないと時間切れ〜で中途半端なやりとりになることが多かったから、私は事前に相手の情報をある程度しっかり頭に入れてから臨めるマッチングアプリのほうが安心感があったし、良くも悪くも「写真と印象違う」というのも新鮮で面白かった。自身の婚活健忘録のネタにちょうどいいわとネタ帳を作っていた時期もあった。
ちなみに、私の使っていたアプリは、「ゼ○シィ縁結び」「ブ○イダルネット」「P○ARS」だ。この中なら、私は断然P○ARSをおすすめする。なぜなら、私はここで夫と出会ったからだ。ある程度お金を出せばいい縁がある。これは半分正解。私も一時期有料会員として活動した。ただし、期間限定。婚活は期限を決めてやらないと、「常連化」する。ひとたび常連化してしまうと、「またこいつか」と見向きもされなくなる。何事も「新鮮味」は大事だ。
次は私が実際に会った人の中で強烈に印象に残った(悪い意味で)メンズを紹介する。
★公務員限定イベント★
①35歳(警察官)
→精悍な顔つきで浅黒肌、声はやや低く渋めの高身長(180センチ、筋肉質)イケメン。見事マッチングし、後日地元のショッピングモールのカフェで2時間ほど過ごした。当時県内でも車で2時間以上かかる場所で勤務していたため、下宿先からバイクを飛ばしてわざわざ来てくれた。が、道中何度も「今〇〇についた」「あと一時間くらいかかります」「今道路が混んでいて遅れそうです」「やっぱり間に合うか早く着きそうです」「ごめんなさい、少し遅れるかも」「今着きました。〇〇にいます。着いたら電話ください」と5〜15分置きに電話がかかってきた。
仕事柄仕方ないのだろうと思いはしたが、流石に鬱陶しい。私の家から車で15分くらいのところにあるショッピングモールまで、その2時間のためだけにわざわざ時間を割いて来てくれるのはありがたい。ただ、私が「やっぱり間に合うか早く着きそう」あたりでそろそろかなと思って家を出た頃、ものの5分で再び電話が鳴り、「ごめんなさい、少し遅れるかも」となり、到着まであと5〜6分くらいのところで「今着きました。〇〇にいます。着いたら電話ください」という電話の間隔。15分間の運転中に5分おきに鳴る電話。陣痛かよ、というツッコミはさておき。
この時点でだいぶ面倒くさくなっていた。しかも、バイク乗ってるせいか、ビュンビュン車が通り過ぎる時の風を切る音がノイズみたいにところどころ入って聞き取りにくかった。
結局私より遠路はるばる来た彼の方が、ジモティーな私より早く到着することになり、何となくこちらが「遅れてごめんなさい」感が出て気まずかった。これでも当初の予定より10分早いので、これで遅刻扱いされたらたまったものじゃない。
そしてご対面。開口一番、「今日はごめんね、何回も電話して。まあ現状報告は当たり前だからさ。家出る目安にもなると思って。ここはおごるね、アイスコーヒー2つ」と。
え、おい。
私まだドリンク何飲もうか考えてたのにそれは聞きもしないのか。それに、現状報告といっても二転三転するから余計混乱して目安もクソもなかったんだが。それでも「ありがとうございます」でとりあえず座った。婚活パーティー当日は地元がめちゃくちゃ近いということからマッチングし、当日中はこれから仕事に戻らないといけないという理由でアフターはなかったため、日を改めての今日になったわけだが。この2時間を要約すると、
「俺は記憶力に自信がある」
「パトロール中にすれ違った一瞬で指名手配犯を見抜いて追いかけたらビンゴ。見事に検挙したはいいものの、そういう手柄を横取りする上司がいて云々……」
「3年前に、以前付き合っていた彼女にプロポーズして失敗したトラウマがあって。ようやくその傷も癒えてきたから婚活パーティーに後輩と参加した」
「俺は細い(こまい・方言:神経質)から。ちょっとした相手の仕草も気になるし、部屋も散らかってるの許せない。以前の彼女は結構雑把で、俺とは逆の性格。その方が補い合える関係だと思って付き合ってたし、その年の正月に彼女の実家に呼ばれて一緒に鍋食べたのもあって、これはいけると思って別の日にプロポーズしたら、『無理。お前とは無いわ』って言われて……」
つまり、3年前の当時付き合っていた彼女にプロポーズを断られたのがトラウマで、恋愛に臆病になっていたがその傷も癒えてきた今、新しい出会いのチャンスにかけてみようと思って後輩と婚活パーティーへの参加を決めた。神経質な俺だけど、それでもチミは受け入れてくれるだろうか? ということだろう。意外と繊細なのか。
「はは、そんなのタイホしちゃえ。タイホタイホ」
とつまらん冗談かましたら、
「ああ、そういえば元カノも警察官でさあ。ちょっと気まずいんだよね」と華麗にスルーされた。うん、それは気まずい。いつか人事異動で同じ職場になろうものなら地獄だろうな、うん。
で?
「あ、もう2時間経っちゃった。じゃあね、話聞いてくれてありがとう」
「あ、はい」
はい?
この2時間、450円のアイスコーヒー奢られただけで、私は2時間彼の話を聞きっぱなしだったことに後になって気づいた。割に合わねえ。その彼とはそれっきりになった。
②41歳(市役所職員)
→見た目53歳のハゲ散らかした眼鏡のおじさん。性格は「温厚」と書いてあった。多分穏やかな人なのだろうと思ったら、2回目のトークタイムのときに、「これ私の連絡先です今すぐここにあなたの連絡先書いてください早くして時間がない今すぐ今すぐ早くしてほら終わっちゃうからさあ早く」と1分間の間に句読点なく迫られめっちゃ怖いがな(イベントの最中に連絡先聞き出す行為はルール・マナー違反。規約や条例、法律を遵守するのが公務員だと思ったら、プライベートは治外法権なん?ルール・マナーもクソもなかった)。貴重な1分間をそんな使い方してくるとは思いもよらず、去り際に「私のは渡しておきます後で必ず連絡ください絶対!」と言われ、その時点で「温厚どこいった?」となり候補からは外れた。しかもこのハ…、オッサン。ヤバいヤツで(終了後に男性から退室させた主催者も主催者なのだが)私が出てくるのを待って帰り道にずっと後をつけてきた。この時、私は例の警察官とマッチングして連絡先を交換し、彼が仕事に戻るというため帰る準備をして駅に向かうところだった。オッサンは明らかに不審な動きをしていたし、帰り道が同じという感じはない。気持ち悪。ヒールを履いていたが、小走りで駅に向かっていったら案の定ついてきたのでそのまま女子トイレに駆け込み、無理やり渡された連絡先をゴミ箱に捨てた。10分くらい籠ってから様子をうかがい駅のホームへダッシュ。警察官の彼に「助けて」と言えたら違ったドラマが生まれてたのだろうか。そんな勇気はなく妄想に終わった。そのパーティーから1ヶ月くらい後、見覚えのない電話番号から不在着信があり、調べると以前参加した婚活パーティーの主催会社だった。同時に新着メールも来ていて、「先日ご参加いただいた〇〇様から、あなたとどうしても連絡がとりたいと言っているので連絡先を教えてもいいか」との内容だった。
「ダメです。その人会話中に無理矢理連絡先聞き出そうとしてきたり、帰り道に待ち伏せして後つけて来たりして怖い思いしました。多分、他の人にも同じことやってると思うし、まして私は別の人とマッチングしてその人との関係を大事にしたいので絶対に教えないでください」と即レスした。「わかりました。我々もそういうトラブルが今後起きないよう善処します。不安な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした。このことは社内で共有し今後の参考にさせていただきます。貴重なご意見ありがとうございました。」と担当から返信。絶対に教えないでくださいと念押し気味に私も返信し、本気度をアピール。本気を出すところが違うだろというツッコミは……特にいらない。
公務員=安定、そんな勝手な図式から安易に参加した私。安定よりも、安全安心が一番だと実感した。
★女性参加費無料★
①43歳(会社役員)
→七三分けの眼鏡スーツの普通のオジサン。このときの参加者の中では最年長。一見真面目そうなこのオジサンは、自営業で建築会社の次期社長。開口一番、「こういうイベント参加するの何回目ですか?」と聞いておいて、「僕は3回目なんですよー」とダラダラ脈絡のない話を続ける。1分間これで終わって次の人と話したいなと思ってたら「あ、29歳ですか。若いですね。今日参加してる人は30代が多いから、若い人がいてよかった」と喋ってそのまま時間切れ。
男性陣が順番に動いて回る回転寿司形式のトークタイムが終わり、2回目と3回目は椅子取りゲーム形式、かぶったらじゃんけんで順番を決めて話すという争奪戦。このオジサンとは特に話題もないので適当に相槌打ってたら、2回目も3回目も我先にとやってきて、他の男性陣を蹴落とす勢いで高速ジャンケン(しかも強い。次も勝ってた)、対戦した男性から引かれてた。
心なしか息も乱れ、暑さのせいか少々汗ばんでいる。その後も「若くていいですねー」「自分は年いってるせいか誰も相手にしてくれなくて」「今は親父が社長だけど、ゆくゆくは僕が後を継ぐのでまあ、次期社長ですね。奥さんには経理とか手伝ってもらえるとありがたい。子どもはいてもいなくてもいいけど、親には早く孫の顔見せろってうるさく言われるもんだから」
親に言われて婚活?てか、親のために結婚するって姿勢に色々と疑問が。そして終了間際、「これ、僕の連絡先なのでよかったら連絡ください」とこっそり渡された紙切れ。よく見たら、何かの書類の端切れっぽい。経営者ですよね?
100歩譲って名刺忘れたとか切らしてるとかだったとしても、書類破ってそれを相手に渡すってどうなん?プロフィールカードに付属のアピールカード付いてるのに(気づいていないだけかもしれないが)。
でも、意外と字は綺麗。走り書きに見えないくらいの綺麗な字が書けるのなら、こういうところで台無しにするのはすごくもったいない。いずれにしてもこのオジサンには何度アピールされても興味がわかず、いただいた連絡先は即処分(会場内のゴミ箱。パッと見ゴミだったから誰も見ないだろうという私もかなり性格歪んでいた)。
②36歳(公務員)
→名古屋で一人暮らしをする市の水道課職員。少し明るめの茶髪にメガネ、一見ヨ○様にも見えるインテリ系の男性。出身大学は有名国立大学とかなりの高学歴。穏やかな口調で、知的な印象。上記のオジサンの存在など霞んでしまうくらい後光がさして見えた。当然の流れのようにあっさりマッチング。日を改めて食事に行きましょうという話になった。当時実家暮らしをしていた私は、一人暮らしの人に憧れてその話題も振りながら情報収集。「男の一人暮らしなんて味気ないよ」「まあ、気楽だしやってみるのはいいことだと思う。ただ、女の子だと親が過度に心配性な場合はハードル高いかもね」と冷静に淡々と話す彼。
婚活パーティーに参加してみていい出会いはありました? と思い切って聞いてみた。
「ああ、あったよ」とすんなり。
「いいなと思う女性は去年くらいに出会って、いい雰囲気になってきたから僕から思い切って告白したんだけど……ふられてしまって……」
しゅん、と肩を落として今にも泣きそうになる彼。やばい、このままだと私が泣かしたみたいになる。
「でも、思いはちゃんと伝えられたんですよね?結果がどうあれ、伝えられたのはよかったですよ。次の恋に進めるチャンスをもらえたってことです。はっきりされないまま終わる、というか、終わりすらはっきりしないで自然消滅するほうが何かモヤモヤしません?」とその場を取り繕うように私が言うと、
「可憐さんは、忘れられない人いないんですか?」と痛いところを突かれた。
「そりゃあ、いますね。はい」
「次の恋進めました?」
「うーん、すぐには無理ですね」
「でしょ?」
でしょ?って……。
「でも、どこかで区切りつけないと。ずっとこのままなのは嫌だと思って始めたのが婚活なんで。まあ、可憐さんはまだ若いからこれからチャンスたくさんあると思います。僕はもうギリギリなので」
「はあ……」
何となく湿っぽい空気に。
お互いに忘れられない相手がいるとわかってしまった以上、どういう展開に話を持っていけばいいものか。
完全に話題迷子。詰んだ。
「そろそろ出ますか。もう遅いし」
「ですね」
「今日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。わざわざ遠くから来ていただいてーー」
「あ、今日のお代だけど」
「あ、はい」
「2000円でいいよ。後は僕が払うから」
「え」
「遠慮しないで」
いや、遠慮も何も。
二人で4300円って、ほぼ割り勘やんけ。
「ご、ごちそうさまです」
「どういたしまして。気をつけて帰ってね」
悪い人ではなかったが、何となくモヤモヤ感が払拭できない人だった。
婚活って、難しい。マッチング自体は簡単。でも、それにあぐらをかいていると肝心なその先の展開には至らないんだなと実感。
私の暮らす県内のとある市主催のイベントで、恋愛・婚活関連の無料セミナーが開催されることになった。そこに講師として派遣されたのは、恋愛コンサルタントのKさん。
私は過去に一度電話相談をしたことがあり、その時に今回のセミナーの案内を受け、参加を決めた。そして、この日Kさんと直接会うのは初めてだった。Kさんを知るきっかけになったのは、一冊の本だった。そこからブログに飛び、「やべぇ、めっちゃ面白い! しかもわかりやす!」とドハマリ。喝を入れてもらおうと思い2時間の電話相談に申し込んだのがきっかけだった。
今思えば、彼女に出会わなければ、私は結婚どころか自立すらできなかったかもしれない。なぜなら、恋愛相談のつもりで申し込んだのに、「実家を出て一人暮らしした方がいい」と言われ、「?」になった。
「でも、これまで何度出ようとしたけど反対されて……」と言おうものなら、「もう親の許可がいる年齢じゃないでしょ? 自分のことなんだから、自分で決めないと。第一その歳でまだ親と一緒に住んでるってやばいよ。結婚する予定があるならまだしも、彼氏すらいないなら尚更 。自立していない女がいくら着飾って婚活に奮闘したところで、本気で結婚したいって思ってもらえると思う? 自分がもし選ぶ立場なら、今の自分と結婚したいって思う?」と自立を促される。
これが私にとっては一番の特効薬だった。
その2年後に私は実家を出て一人暮らしを実現させたのだが、やってみると案外簡単にできるものだと知った。
そしてKさんと初対面。
「可憐さん? 嘘! こんなかわいい子だとは思わなかった!」
どんな子だと思われてたんだろう、と疑問は残ったが、セミナーはくじで決めたテーブルについて約2時間のうち1時間は各テーブルごとにディスカッションするという形式だった。レジュメを配られ、Kさんが解説をする。
そして、演習スタート。
「次の三人の女性をデートに誘うとしたら、マック・モスバーガー・おしゃれなカフェ、どこに連れていきますか? それぞれ違う場所を当てはめて」
①眉毛とチークだけつけた顔、髪は後ろで一つにまとめ、カーディガンはすべてのボタンを留めている女性
②ギラギラしたアイシャドウ、細いつり上がった眉毛、口紅はヌーディーなベージュ、ひらひらのスカーフみたいな襟の付いた派手な柄のブラウスを着た女性
③前髪を横に流し、毛先は緩めの内巻きにカール、優しい緩やかなカーブの眉毛、控えめなアイシャドウにほんのり色づいたチーク、薄付きのファンデ、清潔感のあるブラウスにジャケットを着た女性
モデルはすべてKさん。体張ってここまでやるのは相当な気合いと根性、情熱がないとできない。
「同じ女性でも、メイクや服、表情でこんなにも印象が変わるということがわかると思います。ちなみに、今の自分はどの女性のパターンですか? これは男性にも同じことが言えます。自分は選ぶ立場なんて思い上がってたら、誰からも選ばれません」
★恋愛婚活無料セミナー★
①36歳(電気関係、高卒)
→寝起きみたいなボサボサ頭、眼鏡にスウェット風の毛玉だらけのダボッとした服、口を開けるたびに漂う悪臭。とにかくクサい馴れ馴れしい太めの男。セミナーの途中に他のテーブルから人数調整のため移動してきた。相当クサかったので、椅子を少しずつ下げて臭いが気にならないくらいの位置で固定してたら、前のめりになって話しかけてきたので蹴飛ばしそうになった。
話していても「俺見た目とか気にしないからこだわる理由がわからん」とか、「マックでいいやん。気軽に行けるほうがこっちも楽やし」「これ何の意味があるの? やってる意味がよくわからんし、つまらんよね。帰りたくなってきた」「それより他の婚活パーティー行ってたほうが楽しい」等デリカシーのないことをベラベラ喋り倒すばかりで、グループ内のディスカッション中も終止浮いていた。
帰り際、私が別の参加者と話していたら急に割り込んできて「俺県内の婚活パーティー全制覇した」と謎の自慢をしてきた。制覇ってどういうことか聞いてみたら、「参加したことがある」だけだった。しかも、「〇〇市のイベントは料理付きで楽しかった。パンフレット持ってるからあげようか?」と悪臭漂わせて近づいてきたので「要りません」と鼻から下を手で覆い隠しながら突っぱねた。
別の意味で強烈な男だった。
②34歳(フリーター?、高卒)
→帰り際に駐車場で声をかけられた。違うテーブルだったが、一見どこにでもいそうなフツメン。少しやんちゃしてる感じは出ていた(車が改造車っぽい)。職業は不明だが、「バイト」と言っていたような気がするのでフリーター扱い。またこの彼も「??」となるほどぶっ飛んだ思考で話がまるで噛み合わなかった。
「婚活パーティーに来る人は結婚を考えた真面目な人ばかりだから100%安全」「よかったら今度〇〇市のイベントに一緒に参加しませんか?」と。
私が、「そういうイベントに誘うのっておかしくないですか?カフェとかレストランならわかるけど」と突っ込んだら、「そんな怖いことできない」「だってイベントの中のほうが安全じゃないですか?」「騙されたりするかもしれないじゃないですか」と謎の警戒。そんなんで今まで成果あったのか聞いたら「もちろんあります」と自信満々に答えた。聞くと、「僕が友達誘ったら、その友達が見事にマッチングして、その後付き合うことになりました」云々。
多分友達の恋の成就のきっかけを作ったことを自慢したいのかもしれないが、私が聞きたいのはそういうことではなくてだな。
「だから、婚活パーティーは安全安心なんですよ」
頭がおかしくなりそうで、これ以上関わりたくなかったので「そうですね」と流したら、「でしょ? だから一緒に参加しませんか?」とまるで話が通じない。
「遠慮します。その先なさそうなので」
「え、何でですか? 出会いのチャンスがたくさんあるんですよ」
そのチャンスをみすみす棒に振り続けてることになぜ気が付かんのだろう。
「えー、もったいない。絶対来たほうがいいのに」
絶対行かないほうがいいと本能が叫んでるからいきません。
上記の2名について、後でKさんに報告。
「えー! てっきり連絡先交換でもしてるのかなって思ったのに、そんなことが起こってたんだ。何のために来たんだろう……ヤバいね、その二人」
ですよね。
婚活を始めて半年足らずの出来事。
婚活の底なし沼を垣間見たような気がして、一刻も早く彼らと同じフィールドから抜け出したい、という感情が湧いたことも、ある意味婚活のモチベーションになったように思う。
県内に住んでいる以上、どこかの会場で再会するリスクを考えると、手当たり次第に参加しまくるのは危険だと思い、この頃からパーティーに参加する回数を減らし、絶対に参加しなさそうな内容のところを選んで行くようにした。
後日談。この二人ではない別の男性参加者が、イベント当日にある女性に連絡先を聞いたら断られたと憤慨。彼が電話をかけたのは、主催した市の担当課。
「気になる人の連絡先を聞いたら断られた。お前らのサービスが行き届いていないせいだ。こっちは税金払ってやってるんだからもっと市民へのサービスを充実させろ。全然婚活支援になっていない」
とかいう文句を延々と言っていたとKさん経由で聞いた。
「自分のせいだって自覚ないなんて、ヤバい通り越して呆れ果てるよね。市役所の人可哀想すぎる……。お客さま感覚でよく結婚相談所にも『自分を結婚させてみろ』って煽る○○もいるけど、無料でここまでしてもらっといてうまく行かないからって人のせいにするなんて、結婚どころか人としてどうなのって感じ……。私、何のために行ったんだろう。悲しいわぁ」
「うわあ……。しかも税金払ってやってるって謎の上から目線。 そもそも納税は国民の義務だって知らんのですかね。何て身の程知らずな……。」
「〇〇市だけにね」
「ですね。Kさん、私絶対婚活成功させます」
「うん、頑張って。これからいろんなおかしなやつがいっぱいいると思うけど、負けずに納得のいく相手見つけて」
身の程知らずな婚活難民にだけはなりたくない。業界用語では「不良在庫」というらしい。なるほど。
そして、舞台は次のステージへ。