自分が嫌いだ、大嫌い。
 先輩にこんな選択肢を迫った自分が嫌い。先輩を安心させられなかった自分が嫌い。先輩の事をちゃんと考えられなかった自分が嫌い。先輩を笑顔に出来なかった自分が嫌い——後悔が、全て自分の嫌いな所と繋がった。
 あれから先輩と向き合って話す事は無い。どこか不自然に距離をとってしまう自分が居たけれど、もしかしたらそれは先輩も同じなのかもしれなかった。だから私たちは校内で出会う事がなくなったのかもしれない。

「またいちごみるく? 好きだねー」
「…………」
「ん? どした?」
「ううん……なんでもない」

 毎日、ふとした瞬間に、あの日の先輩を思い出す。いつもいつも、あの日の先輩の姿は校内の至る所で現れるのだ。思い出の中の先輩の姿。それを訴えかけてくる、辛いくて素敵な思い出の数々。
 あれだけ先輩は私の事を見てくれて、笑ってくれていたのに。今はもうあの笑顔が私に向けられる事は無くて、それがすごく寂しかった。自業自得なのはわかっていたけれど、それでもやっぱり忘れられない。
 先輩の笑顔が、もう一度見たい。
 時には明るく元気をくれて、時には優しく慰めてくれる、そんな笑顔。それが向けられている私は、いつも先輩に守ってもらってばかりだった。
 そう、それがいけなかったのだ。グズでダメな私には一生こんな結果しかついてこない。大好きな人に信じてもらえず、大好きな人を傷つけてしまう、そんな最低な結末しか。
 ——それで良いの?
 ずっとずっと、こんなに長い間悩み続けた事は初めてで、いつもなら私には仕方ないとすぐに諦めがつくのに、冬休みが明けた今もまだ諦められないでいた。
 ——このままで、本当に良いの?
 自分の中でそうやって自分に問い掛ける自分が居る。今までの私だったら出来ないからと、私はダメな奴だからと、受け入れられなかったその言葉。
 ——ずっとこのまま、変わらない自分のままで良いの?
 ……良くない。そんなの、絶対に嫌! 
 ついに心の声にそう言い返してみると、不思議な事にすっと心が軽くなった。そうだ、変わろう。こんな自分が嫌なら変われば良いのだと、単純で当たり前の事にようやく気が付いた。
 きっと私はこの時初めて変わりたいと思ったのだ。どうしても諦められない事に出会えた事で、私の中の何かが変わった。
 私が自分の気持ちを言えない事で先輩を不安にさせてしまったのなら、私はちゃんと言える様になればいい。先輩に信じてもらえるような自分になればいい。なりたい。そうなりたい!
 年が明けた事で、先輩が卒業してしまうまでのタイムリミットがどんどん近づいていた。迫り来る期限に、次はどうやって自分を変えて、それを先輩に証明出来るだろうと焦り、悩む毎日。
 誰かに頼まれた仕事を断る? でも、クラスの仕事ぐらいは別に断るほど嫌な訳ではないのだ。本当に嫌な事を断れる人間なのだと証明しなければならない。奥に隠した本心を表に出せるような……。

「? 先輩に告れば良いじゃん」
「!」

 最近先輩見ないな……と、考えていると、自然と足は生徒会室に向かっていて、その途中で高橋君と出会ったのでそのまま仕事の手伝いをさせてもらう事となった。そこで高橋君が先輩と何かあった?と聞いてくれたので、今までの経緯と今私が考えてる事を打ち明けた所、返って来たのがその返事。

「だ、だから、急にそんな事言ったって先輩は信じてくれないよ。自分のせいで私がそんな事を言い出したと思っちゃう」
「そんな拗れる事ある?」

 本当にそうだ。それもこれも全部私が悪い。

「私が自分の気持ちをちゃんと言えないから。嫌でも断れない自分はもうやめるって証明したいの」
「うん」
「告白とかはだからその後っていうか……もう先輩卒業しちゃうし、早くなんとかしないとって思うんだけど、最近先輩の事見ないなと思って……」
「そりゃあもう三年生は自由登校だからな。先輩も来ないだろ」
「……へ?」

 ……私ってば本当に。そんな事も知らないなんて本当に自分の事ばっかりで本当に……っ、

「だっ、ダメダメ、そういう後ろ向きなのはやめる事にしたんだ」
「?」
「いや、こっちの話」

 嫌だとか嫌いとか、そんな事をぐるぐる考える暇があったら先輩との事を考えたい。だってそんな私を先輩は喜ばないし、先輩だったらきっと前を向いて解決策を考える。私のなりたいと思う自分像はまさしく先輩そのものなのだから。

「私ね、先輩みたいになりたいの」
「……なんか、正反対って感じだけど」
「そうなの。だけど、結局それが一番の近道というか、正解というか……私が私を好きになって、自信を持てる自分になれれば、きっとそれが先輩と一緒に居た答えになるのかなって最近思うの」
「…………」
「先輩からは沢山の事を教えてもらったから、今度は私から先輩に大丈夫だよって言える人になりたい。私、それが証明したいの」
「…………」

 じっと黙っている高橋君。え、私なんか変な事言っちゃった? と、高橋君の方をチラリと見ると、びっくりしたような顔をした高橋君と目が合って、私がびっくりした。

「な、何?」
「岬さん、変わったな」
「え?」
「なんかずっとそわそわしてたのが無くなったっていうか、真っ直ぐ話す様になったな」
「……本当にずっと考えてた事だから言葉にしやすいのかも……ちゃんと自分で決めた事だから」
「じゃあそれを先輩にそのまま伝えればいいじゃん、先輩ならすぐ分かるよ」
「それって?」
「岬さんが決めた事の決意表明的な。今の岬さんなら絶対大丈夫だよ」
「…………」

 具体的な何かをするでもなく、決意表明って……私の言葉は先輩に届くのかも分からないのに?

「そもそも岬さん、他の人にこういう自分の話する人だった?」
「! あんまり……しないかも」
「な? だいぶ変わったから自信持ちなって。もう次会えるの卒業式だよ? しかもそれで最後。とりあえずやるしかなくね?」
「…………」

 ストレートな高橋君の言葉に、背中を押される。今の私が伝えたい気持ち。それを伝えられる最後のチャンス。

「……やってみる」

 決意を胸に、前を向いた。伝えるんだ、全部全部。先輩に言いたい事、先輩に言いたかった事、全部。

「ちなみに、先輩が女馴れしてるってのはお姉さんと妹が居るからって事なので、そこは勘違いしないでね」
「…………」

 今更遅いし完全に勘違いして拗れたけど、でもそれが前を向くきっかけになったのなら仕方ないと受け入れるしかなかった。始めて高橋君の事嫌いになりそうだったけど、結局この気安い感じが心地良いと思うから仕方なく感謝する。仕方なく。
 高橋君にも、いつか恩返ししないとな。なんだか私のやるべき事が明確に見えて来た気がする。