当日になって、約束した時間にその場所へ行くと、佐山CMOはいつものように車で迎えに来た。

「こんなところで待ち合わせするくらいなら、直接家でもよかったのに」
「だから、前にも言ったじゃないですか。CMOと会ってるところを、誰にも見られたくないって」
「それは誰に対して? 僕と会ってるのを知られたくないのは、誰にどう知られたくないの?」

 彼は不意に意地悪な笑みをフッと浮かべた。

「ご近所さんに対してです。うちの噂はすぐ広まるので」
「あっそ」

 CMOは窓の外を眺めながら、なんだかニヤニヤしているけど、本当はわざわざ遠回りしてまで、迎えに来てもらうのは、申し訳ないと思っているだけ。
今日は前に買ってもらった水色のワンピースを着てきたし、この人自身はそれに気づいてなくても、私なりに感謝の気持ちは示しているつもり。

「そうそう。今日は君を、初めから三上恭平の孫として紹介するからね」

 彼は珍しく、真剣な表情で言った。

「君とは単なる上司と部下ではないということを、分からせておきたい」
「はい」
「だから、これから会う彼の前では、絶対に『佐山CMO』なんて呼ぶな。『佐山さん』もダメだ。名前で呼ぶように」
「分かりました」

 私は改めて、真っ直ぐに顔を上げる。
車はお城のレストランへ向かっていた。
私たちはこれから、戦場に立ち向かうのだ。
それなりの準備と作戦は必要になる。
私は『三上恭平の孫』という最強カードを持っている。
それに佐山CMOの財力を合わせれば、そう簡単にあしらっていい相手ではない。
佐山CMOにとって私が「使える人間」である間は、そうであろうと思う。
じゃないと、ここにいる理由がない。

 坂を登り切った車は、お城の車寄せにぐるりと回り込んだ。
静かに停止した車のドアが開かれる。
私は『三上恭平の孫』として顔を上げ、そこから一歩を踏み出す。
先回りした佐山CMO、いや、颯斗さんから差し出された手に、自分の手を重ねた。

「ようこそ、いらっしゃいました!」

 出迎えに来たお城のオーナー、三浦将也氏が屈託のない明るい微笑みを浮かべる。
私はそれににっこりと丁寧な笑顔を向け、握手を交わした。

「こちらが、三上恭平氏のお孫さんの、三上紗和子さん」

 颯斗さんが、私をそう紹介する。

「お会いできて光栄です」
「私もです。今日はお招きいただき、ありがとうございます」

 彼は小柄な体格で、明るい栗色の髪と、とても愛嬌のよいくるくるとよく回る表情をしている。

「さぁ、こちらへどうぞ」

 私たちはお城へ上がると、特別室へ案内された。