「左の広間は、イベントホールとしても使えるそうだ。右のレストランは常設で、こちらを経営の主力とする方針らしい」
ふかふかのじゅうたんは本当に靴のまま踏みつけてよかったのだろうかと、不安になるくらいのシロモノだ。
「二階は回廊で繋がった個室に分かれていて、そこも一部屋単位でレンタルできるらしいよ」
そんなことを聞かされても、私にはこの先一生縁がなさそうなんですけど。
「さぁ、レストランへ入ろう」
西洋の城をイメージした重厚な面持ちの店内には、沢山の丸テーブルが並んでいた。
ここでも染みをつけたら怒られそうな光沢のあるクロスが掛けられていて、ガラスと真鍮で出来た繊細な燭台に立てられたろうそくも、本物の赤い火がチロチロと揺れている。
いわゆる電気の明かりがないから、部屋全体はとても薄暗い。
まぁそれに関しては、しばらくしたら目が慣れてくるから、いいんだけど。
「薄暗いって、それだけで何でも周囲が良く見えちゃうもんなんですかね」
「君のそのセンスには、時々感心するよ」
静かだけど、にぎやかなレストランだ。
深く濃い赤色の重そうなカーテンの向こうに、おじいちゃんの絵が飾られていた。
「あぁ。この絵はやっぱり、こういうところに飾られてこそ、ふさわしいものなんですね」
オークションの展示ルームで見た時も素敵だとは思ったけど、やっぱり絵は飾られる場所を選んでこそ映えるようだ。
「君のおじいさんの、素敵な絵だ」
「本当に」
薄い空の背景に、深い緑の山がぼんやりと霧のなかに浮かんでいる。
それを見ているだけでも、私は十分に幸せな気持ちになれる。
この絵もきっと、ここでみんなに見てもらうことで、同じように幸せを感じているにちがいない。
「絵が生きるって、こういうことを言うんですね」
オークションの展示室で、他の作品と一緒に値踏みされていた絵が、ようやく息を吹き返したようだ。
「君と一緒に来られて、よかった」
運ばれてくる料理は、スプーンに乗った一口大の野菜とか、細切れにされたテリーヌとか、そんなものばかりだ。
こんなお高いレストラン、そう何度も来られるところじゃないから、今日はしっかり堪能して帰ろう。
私がにこっと微笑むと、彼も同じように微笑んだ。
これを最後に、もうこの人からのお誘いも全部断ろう。
だから今日は、ちゃんと楽しもう。
「僕が初めておじいさんの絵を見たのは、『白薔薇園の憂鬱』だ。そこに描かれた白いワンピースの少女は、君がモデルなんだろう?」
「多分そうだとは思いますけど、直接聞いたことはないので分かりません」
「僕は幼いころ、その絵を実際に見ているんだ」
「はぁ……」
「君とよく背比べをしていたよ。額縁に飾られているのだから、そもそも正しい背比べなんかじゃなかったけどね」
次々と運ばれてくる料理に、ちょっとだけワインも飲んで、彼がとても楽しそうにしているから、これでもう私の役目も終わった。
後は普通に帰るだけだ。
「君の方が背が高かったのに、いつの間にか僕が追い越していた」
私はもう一度おじちゃんの絵を見上げる。
心のなかで、「ありがとう」と「さようなら」と、「また来ます」を言っておく。
今度は自分の誕生日かおじいちゃんの命日にでも、一人で来よう。
ウェイターさんが、声をかけてきた。
「この絵がお気に召しましたか? 先ほどからお嬢様が、熱心に見上げていらしたので」
「えぇ、とっても素敵な絵ですね」
私は心からの笑顔を、にこっと返す。
「こちらの絵は、このお城のオーナーが、先日オークションで落札した作品なんですよ」
「わぁ! そうなんですか? すごいですね」
佐山CMOは、呆れたような感心したような、やれやれといった変な顔でこっちを見てるけど、そんなことは気にしない。
「三上恭平という、アートに詳しい方ならよく知られている作家さんの絵なんです」
「へえ、そうなんだぁ~」
感心したように、もう一度その絵を見上げる。
「よろしかったら、他の作品も見ていかれますか?」
えっ? この絵以外にも、他に作品がおいてあるの?
私はレストランぐるりと取り囲む、周囲の壁を見渡した。
確かに他にもいくつか絵が飾られているけど、ここに私の知っているおじいちゃんの絵はない。
「ここには展示してございません。地下の特別室にて、展示しております」
彼はとても端正で、流暢かつ上品な笑顔を向けた。
「い、行きます!」
「ではお食事が終わりましたら、ご案内させていただきますね」
私は彼が最後に運んできた、何とも言い難い複雑な形状をした何か味のデザートを、秒で胃に流し込んだ。
ふかふかのじゅうたんは本当に靴のまま踏みつけてよかったのだろうかと、不安になるくらいのシロモノだ。
「二階は回廊で繋がった個室に分かれていて、そこも一部屋単位でレンタルできるらしいよ」
そんなことを聞かされても、私にはこの先一生縁がなさそうなんですけど。
「さぁ、レストランへ入ろう」
西洋の城をイメージした重厚な面持ちの店内には、沢山の丸テーブルが並んでいた。
ここでも染みをつけたら怒られそうな光沢のあるクロスが掛けられていて、ガラスと真鍮で出来た繊細な燭台に立てられたろうそくも、本物の赤い火がチロチロと揺れている。
いわゆる電気の明かりがないから、部屋全体はとても薄暗い。
まぁそれに関しては、しばらくしたら目が慣れてくるから、いいんだけど。
「薄暗いって、それだけで何でも周囲が良く見えちゃうもんなんですかね」
「君のそのセンスには、時々感心するよ」
静かだけど、にぎやかなレストランだ。
深く濃い赤色の重そうなカーテンの向こうに、おじいちゃんの絵が飾られていた。
「あぁ。この絵はやっぱり、こういうところに飾られてこそ、ふさわしいものなんですね」
オークションの展示ルームで見た時も素敵だとは思ったけど、やっぱり絵は飾られる場所を選んでこそ映えるようだ。
「君のおじいさんの、素敵な絵だ」
「本当に」
薄い空の背景に、深い緑の山がぼんやりと霧のなかに浮かんでいる。
それを見ているだけでも、私は十分に幸せな気持ちになれる。
この絵もきっと、ここでみんなに見てもらうことで、同じように幸せを感じているにちがいない。
「絵が生きるって、こういうことを言うんですね」
オークションの展示室で、他の作品と一緒に値踏みされていた絵が、ようやく息を吹き返したようだ。
「君と一緒に来られて、よかった」
運ばれてくる料理は、スプーンに乗った一口大の野菜とか、細切れにされたテリーヌとか、そんなものばかりだ。
こんなお高いレストラン、そう何度も来られるところじゃないから、今日はしっかり堪能して帰ろう。
私がにこっと微笑むと、彼も同じように微笑んだ。
これを最後に、もうこの人からのお誘いも全部断ろう。
だから今日は、ちゃんと楽しもう。
「僕が初めておじいさんの絵を見たのは、『白薔薇園の憂鬱』だ。そこに描かれた白いワンピースの少女は、君がモデルなんだろう?」
「多分そうだとは思いますけど、直接聞いたことはないので分かりません」
「僕は幼いころ、その絵を実際に見ているんだ」
「はぁ……」
「君とよく背比べをしていたよ。額縁に飾られているのだから、そもそも正しい背比べなんかじゃなかったけどね」
次々と運ばれてくる料理に、ちょっとだけワインも飲んで、彼がとても楽しそうにしているから、これでもう私の役目も終わった。
後は普通に帰るだけだ。
「君の方が背が高かったのに、いつの間にか僕が追い越していた」
私はもう一度おじちゃんの絵を見上げる。
心のなかで、「ありがとう」と「さようなら」と、「また来ます」を言っておく。
今度は自分の誕生日かおじいちゃんの命日にでも、一人で来よう。
ウェイターさんが、声をかけてきた。
「この絵がお気に召しましたか? 先ほどからお嬢様が、熱心に見上げていらしたので」
「えぇ、とっても素敵な絵ですね」
私は心からの笑顔を、にこっと返す。
「こちらの絵は、このお城のオーナーが、先日オークションで落札した作品なんですよ」
「わぁ! そうなんですか? すごいですね」
佐山CMOは、呆れたような感心したような、やれやれといった変な顔でこっちを見てるけど、そんなことは気にしない。
「三上恭平という、アートに詳しい方ならよく知られている作家さんの絵なんです」
「へえ、そうなんだぁ~」
感心したように、もう一度その絵を見上げる。
「よろしかったら、他の作品も見ていかれますか?」
えっ? この絵以外にも、他に作品がおいてあるの?
私はレストランぐるりと取り囲む、周囲の壁を見渡した。
確かに他にもいくつか絵が飾られているけど、ここに私の知っているおじいちゃんの絵はない。
「ここには展示してございません。地下の特別室にて、展示しております」
彼はとても端正で、流暢かつ上品な笑顔を向けた。
「い、行きます!」
「ではお食事が終わりましたら、ご案内させていただきますね」
私は彼が最後に運んできた、何とも言い難い複雑な形状をした何か味のデザートを、秒で胃に流し込んだ。