会場の外はすっかり暗くなっていて、佐山CMOの用意してくれた車に乗り込んだ私は、ガラス窓に映る自分の姿と、流れる風景を見ていた。

「紗和子さん。少し疲れた?」
「そうですね」

 私はごそごそとバッグの中の、ペーパーウェイトを取りだす。

「どうしようか。このまま夕食にでもと思っていたけど、すぐに家まで送った方がいい?」
「すみません。そうしてもらっていいですか」
「分かった」

 彼は運転手さんに用件を伝えると、改めて私の手の中の作品を見つめた。

「しかし、そのペーパーウェイトの彩色が卓己くんだなんてね。そうだと分かったら、またその価値がぐんと変わってくる」
「押し型は5種類あって、私と卓己にそれぞれの模様を一つずつ、全部で10個の型をとって、色つけさせたんです」
「それで対偶なのか」
「はい」

 美術商たちがアトリエに作品の買い取りに来たとき、引き出しの奥に入っていたこれを見つけた。
それをきれいに私の分と卓己の分とでより分け、卓己の方だけを持ち去っていった。

「私にも、絵の才能があればよかったんですけどね」

 鮮やかな青を広げた美しい花びら。
私はいつも、卓己と自分を比較していた。
そんなことをしたって、何の意味もなかったのに。

「実は僕も、絵を描くのが好きな子供だったんだ」

 静に走り続ける車内で、佐山CMOはゆっくりと話し始めた。

「だけど、絵が好きなのと上手いのとは違ってね。僕はそれに気づいた時、上手い人の支援に回ろうと思ったんだよ。自分で描く絵より、他の人の描く絵の方が断然好きだったしね。そうしていくことで、ずいぶん楽になった」
「そうだったんですね」

 私は悲しかったんだ。
自分がおじいちゃんの孫ではないと言われているような、そんな気がした。
卓己が家に来ると、おじいちゃんはとてもうれしそうにしていて、私のことなんかそっちのけで、ずっと卓己の相手をしていた。
卓己もおじいちゃんのことが大好きだった。

「嫉妬。してたんです。卓己に。今でもその気持ちが残っていて……」

 だけど拒むには、あまりにも距離が近くなりすぎていて、共に過ごした時間の重みが、互いを動けなくさせてしまっている。

「そんな風に思えるまで、私にはまだまだ時間がかかりそうです」

 おじいちゃんの孫だと紹介され脚光を浴びる次世代アーティストが、私自身だったらどれほどよかっただろう。
さすが三上恭平の孫だと、どんなに世間から言われたかっただろう。
美大に通い、みんなから認められて、アートの世界で話題になる。
その中心にいるのが、私。
そしたらあんなオバサマ方や小娘なんかにも、バカにされることはなかったのに……。

 ん? 小娘? 
私は大事なことを思い出した。