「見せてもらっても、いいですか」

 彼女は私の手の平に、それを置いた。
初めに指輪の内側を見る。
そこに刻印は何もなかった。
祖父の三上恭平が、宝飾品関係の作品を作っていたなんて話は聞いたことがないし、実際に見たこともない。
少なくともこの指輪は、おじいちゃんのアトリエに置かれていたものではなかった。

「いえ、見覚えはありません」
「そう。ならいいのよ」

 私は彼女の手に、その指輪を返す。
だけどこの作風は、おじいちゃんのものだ。
それだけは私にも分かる。
彼女はその指輪を、ぎゅっと握りしめ目を閉じた。

「はぁ? ばあさん。あんたこの指輪は、三上恭平からもらったって、いつもさんざん自慢してるじゃないか! だったら、コイツに証明してもらったらいいだろ。ちゃんとした鑑定書作ってさぁ! その方が価値も上がるし、売りやすくなるだろうが。それとも、三上恭平からもらったってのは、嘘だってことか?」

 なにそれ。
この人があんな質素な古い指輪を、大切にしてるってこと?

「うるさい。余計なことを言うんじゃない!」

 彼女は想の頬を、思いっきり平手で打ち付けた。 

「持ち出したカードも返しなさい!」
「イヤだね! なんで俺があんたなんかの言うこと聞かなくちゃいけないんだ! じいちゃんが死んだとたん、急にでかい顔しやがって!」

 おばあさまが合図を出す。
すぐ後ろに控えていたボディガードらしき男性二人が、想の両腕をガッチリと掴んだ。
彼は大声で何かをわめきちらしながらも、どこかへと引きずられゆく。
おじいちゃんのかつての恋人だった女性が、私を振り返った。

「見苦しいところを、晒してしまったわね」
「いえ、大丈夫です」

 彼女は自分の手の平に転がる、小さな指輪を見つめた。
これは、おじいちゃんがまだ若かった頃、恋人であったこの人のために作り、贈ったものなんだろうか。

「この指輪の価値を知っているのはね、私とあの人だけなのよ。だから、その価値を知らないあなたが盗み出すなんて、そもそもありえない話なの。想が勝手に盗みだした。どうせ私の目を盗んで、どこかに売りつけるつもりだったのね」

 もし本当にそうだとすると、彼女は太くなった指に入らなくなってしまった古い指輪を、今も大切に持っているということになる。

「私には、その指輪の価値は分かりません」

 彼女はフンと高らかに鼻をならした。

「そうね。それを知らないあなたが盗るなんて、ありえないわ。あの子が私を困らせようとしてやったことよ」
「それでも、あなたがこれを大切にしていることは伝わりました」

 じっとこちらをにらむように見つめる彼女の目から、何を考えているのか何一つとして読み取れるものはなかった。
それでもきっと、この指輪は彼女にとって大切なものなんだと思う。

「迷惑かけたわね。安心して。私もあなたが犯人だなんて、思ってもないわ。あなたが犯人になりえるなんて、ありえないのよ」
「ありがとうございます」

 それは彼女にとってはイヤミのつもりだったのかもしれないけど、私にはそんな風には受け取れなかった。
そんなおばあさまのの視線が、白磁の型押しに移る。

「そのペーパーウェイトは、お詫びに差し上げるわ。あの人の作品なんでしょう? そんなものでよかったら、大切にしてちょうだい」
「あ、ありがとうございます」

 私はそれをぎゅっと握りしめたまま、立ち去る彼女の背を見送る。
彼女だって知らないんだ。
この作品の、本当の価値を。