佐山CMOとの約束の日、ずいぶん早い時間に車に乗せられた私は、華やかな大通りに面したセレクトショップに連れこまれていた。

「まぁ、ステキですね。これもよくお似合いですよ」

 なんだかよく分からないまま、お店のお姉さんたちに囲まれ、着せ替え人形にされている。

「いやぁ。これからみんなの前に、俺と一緒に出て行くんだからね。恥はかきたくないだろ?」

 えらく機嫌のいい佐山CMOに対し、私はちょっぴりイラっときてにらみ返す。

「私の着ている服が、気に入らなかったってことですか?」

 そりゃ今試着している服は、私の着ていた服の5倍の値段はしている。
値札の数字がハイパーインフレ状態だ。
絶対に何かがおかしい。
その佐山CMOも、やっぱりどこかのセレクトショップで仕立てた服なのだろう。
春らしい白のスラックスに、やや茶色味のかかったグレーのシャツと濃紺のブレザーは、生地と仕立ての良さが何よりも目につく。

「いや、ほら。今日は君の誕生日でもあるだろ? こないだの借りついでに、誕生日プレゼントにしたいと思ってさ」

 そうやってウインクなんか出来ちゃうところが、この人をうらやましく思うところだ。
私のイヤミも、簡単に受け流してくれる。
大企業の次男坊で、お金も仕事の実績もあるちゃんとある人だ。
誰か対して、何の遠慮も気負いもしたことなんてないのだろう。
強くて自由で、私とは正反対だ。

「よく私の誕生日が分かりましたね」
「社員の履歴書を見たから」

 あぁ、なるほど。

「それに、三上氏の作品がオークションにかけられるのを見に行くんだよ。実のお孫さんが来場するってのに、変な格好はさせられないじゃないか」
「変な格好ですいません」

 そう言うと、彼はにっこりと微笑んだ。

「君は俺の隣に立っていればいいんだ。目立つから。大勢の中で話題を集め注目を浴びることは、とても気持ちがいい」
「それが目的なんですね」
「そう。君といれば、周囲は遠慮するだろう。俺は誰にも邪魔されずに作品を見て回れるし、君もじっくり会場を見て回れる。丁度都合がいいじゃないか」
「そんな風に考えたことないです」
「そうか。それは残念だ。なら俺がこれから教えてあげよう」

 なんだそれ。嫌な人。
だけど、卓己なんかと一緒に行ってずっと気を使われ、劣等感に苛まれながら一日を過ごすより、これくらい割り切ったお付き合いを出来る人の方が、ずっとやりやすい。
私は目の前に並べられた服の中から、黙って一番安い服を探し始めた。