オークション会場の最寄り駅から電車に乗って、帰路につく。
超高級住宅街から高級住宅街に変わって、今では普通の賃貸マンションなんかも建ち並ぶようになった街の改札を抜けた。
だらだらと続く緩やかな坂道を、のろのろと歩く。
坂を上りきったところにある、かつてはモダンでお洒落だった古い洋館に、私は一人で住んでいた。
今となっては広すぎるその家には、長い時間に蓄積された淡い思い出がゼリーのように詰まっていて、ここだけ時が止まっているみたい。
「あ、あれ? もう帰って来たの? 早くない?」
その声に顔をあげると、買い物袋を両手にぶら下げた卓己が門の前に立っていた。
「オークションどうだった? うまくいったの?」
ひょろ長い背丈にぼさぼさしたクセの強い髪。
長すぎる前髪は顔を半分ほど覆っていて、よくこれでどこにもぶつからず外が歩けるなと、いつも思う。
「オークション? 何それ。知らない」
「え? だ、だって、僕言ったよね? 恭平さんのカップが出てるって……」
「はぁ~……!」
特大のため息をぶつけ、イライラと卓己の前を横切った。
半分ほど朽ち、若干傾いている木製の扉を押し開ける。
卓己はそんな私の態度に驚いたようだ。
「こ、今回は、紗和ちゃん、すっごい気合い入ってたから……さ。お、お祝いの準備を、して、おこうか、と、思ったんだ」
彼は必死で私の後を追いかけてくる。
ペンキの剥げまくった白い木製の押戸をくぐると、手入れの余り行き届いていない庭に入った。
テラスに置かれた錆び錆びの丸テーブルの上に、持っていたバックをドサリと投げる。
卓己は両手に持ったビニール袋を掲げ、もう一度私に見せた。
「ほら、ね。さ、紗和ちゃんの好きな、も、桃のお酒、買って来たんだ。このお酒、い、いいことがあった日、にしか、飲まないって、決めてたんでしょ?」
彼は今月出たばかりの最新式のスマホを取り出すと、それを高速でタップする。
「ネットでさ、オ、オークションが、始まったなーって思って。ロットが早かったから、は、早いだろうとは、思って、た、けど……」
そこで卓己はようやく、私の手に何もないことに気づいたらしい。
「あ、あれ? 恭平さんのカップ、郵送にしたの? 持ち帰りにはしなかったんだ」
「あんたには関係ないでしょ」
「……。か、関係! なくは、ない……。と、思うよ」
オロオロとする彼を尻目に、卓己の持って来た買い物袋の中を漁る。
「何買ってきたの」
卓己とは小学校入学前からの幼なじみだ。
この庭で一緒によく遊んだ。
「あ、えっとね。だから、紗和ちゃんの好きな、桃のお酒でしょ? それと、ナッツとかさきイカとか色々……」
「卓己はお酒飲めないのに?」
「え? あ、だけど、僕は紗和ちゃんのお祝いがしたくて……」
絵の才能が全くなかった私は普通の会社員になり、芸術家だったおじいちゃんの目にとまった卓己は、彼のためにとおじいちゃんが開いた絵画教室でメキメキと腕を伸ばし、今や現代アートを代表する人気作家の一人だ。
「……。こ、ここで、一緒にお祝い、しちゃ、ダメ? ぼ、僕はジュースでいいから……」
卓己の必死の形相に、逆にこっちが責められているような気分になる。
「……。あのカップね、落札、できなかった」
「……。え! ど、どうして? だって紗和ちゃんが……」
「競り負けたの!」
春先のまだ冷たい風が、この庭をぐるりと囲む常緑樹の固い葉を揺らした。
卓己の邪魔くさい前髪の奥で、おどおどした目がより一層おどおどしている。
超高級住宅街から高級住宅街に変わって、今では普通の賃貸マンションなんかも建ち並ぶようになった街の改札を抜けた。
だらだらと続く緩やかな坂道を、のろのろと歩く。
坂を上りきったところにある、かつてはモダンでお洒落だった古い洋館に、私は一人で住んでいた。
今となっては広すぎるその家には、長い時間に蓄積された淡い思い出がゼリーのように詰まっていて、ここだけ時が止まっているみたい。
「あ、あれ? もう帰って来たの? 早くない?」
その声に顔をあげると、買い物袋を両手にぶら下げた卓己が門の前に立っていた。
「オークションどうだった? うまくいったの?」
ひょろ長い背丈にぼさぼさしたクセの強い髪。
長すぎる前髪は顔を半分ほど覆っていて、よくこれでどこにもぶつからず外が歩けるなと、いつも思う。
「オークション? 何それ。知らない」
「え? だ、だって、僕言ったよね? 恭平さんのカップが出てるって……」
「はぁ~……!」
特大のため息をぶつけ、イライラと卓己の前を横切った。
半分ほど朽ち、若干傾いている木製の扉を押し開ける。
卓己はそんな私の態度に驚いたようだ。
「こ、今回は、紗和ちゃん、すっごい気合い入ってたから……さ。お、お祝いの準備を、して、おこうか、と、思ったんだ」
彼は必死で私の後を追いかけてくる。
ペンキの剥げまくった白い木製の押戸をくぐると、手入れの余り行き届いていない庭に入った。
テラスに置かれた錆び錆びの丸テーブルの上に、持っていたバックをドサリと投げる。
卓己は両手に持ったビニール袋を掲げ、もう一度私に見せた。
「ほら、ね。さ、紗和ちゃんの好きな、も、桃のお酒、買って来たんだ。このお酒、い、いいことがあった日、にしか、飲まないって、決めてたんでしょ?」
彼は今月出たばかりの最新式のスマホを取り出すと、それを高速でタップする。
「ネットでさ、オ、オークションが、始まったなーって思って。ロットが早かったから、は、早いだろうとは、思って、た、けど……」
そこで卓己はようやく、私の手に何もないことに気づいたらしい。
「あ、あれ? 恭平さんのカップ、郵送にしたの? 持ち帰りにはしなかったんだ」
「あんたには関係ないでしょ」
「……。か、関係! なくは、ない……。と、思うよ」
オロオロとする彼を尻目に、卓己の持って来た買い物袋の中を漁る。
「何買ってきたの」
卓己とは小学校入学前からの幼なじみだ。
この庭で一緒によく遊んだ。
「あ、えっとね。だから、紗和ちゃんの好きな、桃のお酒でしょ? それと、ナッツとかさきイカとか色々……」
「卓己はお酒飲めないのに?」
「え? あ、だけど、僕は紗和ちゃんのお祝いがしたくて……」
絵の才能が全くなかった私は普通の会社員になり、芸術家だったおじいちゃんの目にとまった卓己は、彼のためにとおじいちゃんが開いた絵画教室でメキメキと腕を伸ばし、今や現代アートを代表する人気作家の一人だ。
「……。こ、ここで、一緒にお祝い、しちゃ、ダメ? ぼ、僕はジュースでいいから……」
卓己の必死の形相に、逆にこっちが責められているような気分になる。
「……。あのカップね、落札、できなかった」
「……。え! ど、どうして? だって紗和ちゃんが……」
「競り負けたの!」
春先のまだ冷たい風が、この庭をぐるりと囲む常緑樹の固い葉を揺らした。
卓己の邪魔くさい前髪の奥で、おどおどした目がより一層おどおどしている。