その日、卓己は朝っぱらからうちに押しかけてきたうえに、非常に機嫌が悪かった。

「だから、なんなの?」

 何を聞いてもじっと黙ったまま答えないから、私は自室のベッドにもぐり込む。
卓己はベッドサイドの椅子に腰掛けたまま、長すぎる足と腕を組んで、とにかくイライラしていた。

 幼稚園入園当時からの幼なじみで、しょっちゅう家に出入りしていた卓己は、一人の男性というより、双子の姉弟みたいなもんだ。
ノーブラ、パジャマ姿で寝起きを見られたって全然平気だし。
たった一人の家族となった父を亡くしてから、卓己の両親が私の親変わりを務めてくれている。
この家の鍵も預けてあった。

「用がないなら、寝るからね」
「……だ、だから、こないだ……は、なん……で、あんなにお、遅くなった……の?」

 彼はもさもさの前髪の奥で視線を泳がしつつ、恐る恐る文句を言う。
卓己はいつだって私に強く当たれない。

「もうその話は、さんざん説明した」

 おじいちゃんのカップを取り戻すためにめちゃくちゃ苦労して、やっと手に入れたんだって。
そんな話を長々として、アトリエに飾ったカップもしっかり見せている。

「だからそれは、あ、あの日にしていたことで、ぼ、僕が聞いてるのは……。だ、だから、なんでって……話!」
「しつこい」
「答えて」

 ベッドでごろりと背を向ける。
これ以上話すことなんて、なにもない。

「……。だ、だって! さ、紗和ちゃんは、僕がいつ誘ったって、い、一緒におでかけしてくれないじゃないか。それなのに、な、なんであの日は……、あ、あんなワンピース、なんか、着て、か、かわい……く……」
「だから、おじいちゃんのカップを取り戻すためだって言ってるでしょ!」
「……。やっぱり、最初から、僕とオークションに、行っておけば……」

 私はガバリと起き上がると、卓己を怒鳴りつけた。

「あんたとは絶対おでかけしない!」
「なんで!」
「なんでも!!」

 ガバッと布団を頭からかぶり、再び閉じこもる。
卓己なんかと出かけたら、先日の佐山CMOみたいになることは分かってる。
卓己ばかりがちやほやされて、すぐに私はおいてけぼりだ。
自分だけを構ってほしいとか、そういうことを思ってるわけじゃない。
本気でなりたかった理想の姿である卓己に、今も激しく嫉妬している。
そんな自分なんて、出来るものなら見たくない。

「……。紗和ちゃん。こ、こないだ、駅前に新しく出来た、カ、カフェのパフェ、食べたいって言ってたよね。ぺ、ペア割り……やるの、知ってる? あの、フルーツ盛り盛りの、でっかい……やつ。単品だと三千円、する、やつが、ペア割りだと、2つ……で、五千円に、なるの」

 え? 何それ安くない? 
私は布団の中で、もぞりと動く。

「そ、それさ、ら、来月の……、だ、第二土曜、だけ、開店、き、記念セール、で、特別にやる……、らしいよ」

 頭まですっぽり被っていた布団から、指の先だけを外に出した。

「ホントに?」
「僕は、紗和ちゃんに嘘なんかつかないよ」

 来月の第二土曜日か。
特に用事はないし、駅前にいくならついでに他の買い物も……。

「さ、そ……。その日は、紗和ちゃんのお誕生日だし……。ぼ、僕がパフェおごる。お、お誕生日プレゼントだから! ……い、いい……でしょ?」

 誕生日? あぁ、そうだったっけ。
もう少しだってことは分かってたけど、第二土曜だったとは知らなかった。

「まぁ、誕生日だしね」
「そうだよ。た、誕生日プレゼント、と、クリスマス、プレゼントは、お、OK、なん、で、しょ?」

 それ以外で、「物」は受け取らないようにしている。
ただし食品は別。
そう決めてから卓己は、いつも食べ物を抱えてうちに来るようになってしまった。

「で……さ。紗和ちゃんに、おねが、お願いしたいこと……が、あるんだ」
「お願い?」

 のそりと布団から顔を出す。

「あのね、こ、今度、うちの事務所のスタッフが、あ……新しく出品したいって、思ってる、展示会があって、そ、そ……そこにさ、一緒に……」