「全く。君にはとんでもなく不快な思いをさせてしまったね」
「いいんです。カップが手に入りましたから」

 こぼれる涙をぬぐいながら、改めてそれを眺める。
大好きだった、私のおじいちゃんのカップ。

「本当に私が、これをもらっちゃっていいんですよね」
「もちろんだよ」

 あぁ、よかった。
私はカップに額をすり寄る。
今度はうれしすぎて涙が止まらない。

「だけどさ、俺をおいて一人で帰ろうだなんて、そっちも結構酷くない?」

 私は鞄からティッシュを取り出すと、思いっきり鼻水をかんだ。
この人の前では、もう泣き止まないと。

「知りませんよ。自分でまいた種じゃないですか。巻き込まれたのは、私の方です。大体、佐山CMOの恋愛問題に巻き込まないで下さいねって、最初にお願いしておきましたよね。だけど最初から、巻き込む気満々だったじゃないですか」
「だって詩織さんが本当に俺に本気なんだと思ってたんだから、仕方ないじゃないか」
「は? そんなことも気づかなかったんですか」
「女性は大概、俺のことをみんな好きだからね」

 なんて奴だ。やっぱり最低だ。

「そういうのって結構、普通のまともな女の子からは嫌われるので、止めた方がいいですよ」
「今まで誰からも嫌がられたことないんだけど」
「いま。私が。面と向かって嫌だって言ってますよね?」

 そう言うと、佐山CMOはフッと笑みを浮かべた。

「俺ってこうみえて、結構モテるんだけど」
「愛想笑いって、知ってます? 気を遣ってるんです。マナーですマナー。対人マナー」
「全てがそうだとは限らないだろ」
「そんなんだから、変なおじさんたちに目をつけられるんですってば」

 ムッとしたらしい彼は組んだ足をぶらぶらさせながら、視線を窓の外に向けた。
多分CMOのご機嫌を損ねたんだろうけど、そんなことは気にしない。
この人と私がこの先関わる可能性は、限りなくゼロに近いんだから。

「それにしても、佐山CMOはどうやってあのお父さまからカップを取り戻すつもりだったんですか?」
「ん? 別れて欲しくなかったら、カップを返せって」
「ひど」
「だけど、絶対返すと思わない?」
「まぁ、あのお父さまならそうするだろうけど……」

 だとすると、詩織さんは?

「彼女のことは、まぁ後日なんとでもなっただろうし」

 なんて奴だ。やっぱり最低だ。

「詩織さんには幸せになってもらいたいです。大変だろうけど」
「『透さん!』には、びっくりしたな!」

 佐山CMOが、その瞬間を大げさに再現してみせた。
その仕草に思わず私が笑ったら、彼も同じように微笑んだ。

「俺、あんなドラマティックな展開、生で見たの初めてだった」
「私もです!」

 飛び出してきた二人が、ラグビーのタックルを組むようにガッツリ抱き合った瞬間は、ちょっぴり笑っちゃったけど、正直憧れる。