「カップが本当になくなったって気づいたのは、いつですか?」
「今だよ、今! お前が盗った時だろ!」

 このお父さまは人の話しを冷静に聞こうという気が、全然全くない。

「待って下さい、ちょっと冷静になって。もう一度ちゃんと考えましょうよ」
「下らん! さっさと謝って認めた方が、結局は自分のためだぞ!」
「一番最初に私たちがここに来た時には、シェルフにカップはありませんでしたよね?」

 そうだ。
最初にリビングに通された時、お父さんが取りだした木箱の中には、カップは入っていなかった。

「何を今更蒸し返そうとしてるんだ。そこからしておかしいじゃないか。お前が詩織を騙してそうさせたんだろう?」
「孝良さんは、その木箱の中に、カップがあると思っていたんですか?」
「当たり前だ! 私がそこに入れておいたからな!」

 そう。
佐山CMOを呼び出すために、カップを失くしたなんていうのは、最初からこのお父さんが考えたヘタな嘘だった。

「いただいたカップをなくすわけがないだろう! ちゃんと最初から、ずっとそこに置いてあったんだよ」
「だけど、私たちに見せようとした時には、ありませんでしたよね? それで、みんなで探しましょうよって提案したのは……あぁ、私だ」
「ずうずうしい!」

 孝良氏の興奮を制するように、詩織さんが口を開く。

「その時に、カップを紗和子さんの鞄に入れたのは、私です」

 再びみんなの視線が、詩織さんに集まる。

「ここにいらっしゃってすぐに、颯斗さんと父の話が盛り上がっていました。紗和子さんに部屋を見せてほしいと言われ、私は彼女と一緒に部屋を移動しました」

 そうだ。
それで私は二階の部屋に、一人取り残されていた。

「紗和子さんは、颯斗さんのことが本当に好きなんだと思って。二人にこそ仲良くなってもらおうと思い、私はカップを彼女に返すことを、その時に決意したんです」

 ありがたいけど、迷惑な話だ。

「紗和子さんが急遽うちに来たことで、食事の準備が遅れました。彼女を私の部屋に残したまま、下の様子を見てくるといって、リビングに下りたんです。カップのありかはシェルフの中と分かっていたので、いつ紗和子さんに渡そうかと考えていたんです。みんなで家のなかをもう一度捜そうってなった時に、他の全員をこの部屋から追い出した私は、紗和子さんの鞄へカップを移しました」
「それを父さんと俺が、偶然見てたんだよ」

 詩織さんと入れ替わるように、学さんが口を開く。

「何をやってるんだ詩織はって、そう思って。最初から見ていた父さんが、カップを元に戻したんだ」
「バカなことを! 私が元に戻さなかったら、そのままこのカップは、この女のものになってたんだぞ!」

 お父さまは相変わらず自分のことしか考えてなくて、私はその怒鳴り声に抗いながら、必死で記憶を辿る。

「それで、全員がリビングに戻って、食事が始まりましたよね。その時は、カップはみんなの目の前にあった」

 そう。
私は目の前に置かれたカップを眺めながら、最後の別れを惜しんだんだ。

「そのカップを片付けたのは……」
「俺だよ、俺!」

 次に声を上げたのは、叔父の篤広氏だ。

「俺はな、手塩にかけて育てた詩織を、他の男に取られるのが我慢ならなかったんだ! だから、そのカップでコイツを叩き割ってやろうと思ってな。食事の後、片付けるフリをして、カップを詩織の部屋に持ってあがったんだ」

 なんて野郎だ! よかったカップが無事で!!

「詩織の携帯は置き場所が決まってるんだ。それで俺が何度も詩織のフリをして、佐山に部屋に来るように誘ったのに、コイツは一向に上がって来やしない」

 この叔父の篤広氏は、まともに相手をしてはいけないタイプの人だ。
佐山CMOは冷静に返事を返す。

「だって、僕に部屋まで来いという熱烈なラブコールが入るわりには、目の前にいる詩織さんは、一向に動こうとしないんですよ? それなのに、僕が先に上がるわけにも行かないでしょう」
「だから軟弱なお前に変わって、俺が呼びに行ってやったんだ!」

 叔父さん、確かに二人を呼びに来てたな。
詩織さんは篤広氏を激しい嫌悪の目でにらみつける。

「だからなのね、一緒に部屋に入ってこようとしたのは」
「お前だって、この男との交際を嫌がってたじゃないか。だから俺は、お前と一緒に何とかしてやろうと思ったんだよ!」
「何とかって、なによ!」
「詩織がもらったカップでコイツを殴りつけたら、この男もお前にあきらめがつくだろ!」

 なんて野郎だ! よかったカップが無事で!!

「でも僕は、詩織さんが下へ降りた瞬間スタンガンで急襲はされましたけど、殴られはしませんでしたよ」

 そこだ。

「用意してあったはずのカップが、なくなってたんだ!」

 じゃあ、本当にカップが失くなったのは……。
ドタバタと乱暴な足音が聞こえた。
開け放されたままのリビングの入り口から、大学生くらいの男の子が飛び込んでくる。

「詩織!」
「透さん!」

 二人は目を合わすなり、ガッと抱き合った。
絵に描いたような熱い抱擁。
互いの腕を相手の背に回し、強力な磁石同士でくっついていてビクともしない感じ。
映画とかテレビドラマみたいなのよくあるやつを、初めて生で見た。
孝良氏は血相を変える。