「だってほら! 君がどうしてここに来たいって言うもんだからさぁ。彼女にも君を紹介したかったし」
なにそれ。話が違うくない?
私は恋人役はしないって、はっきり言ったよね。
怒りに任せにキッと振り返った。
佐山CMOの顔は引きつっている。
さっきのセリフだって若干裏返っていたけど、自分がいま事前の約束を反故にして、おかしなことやってるって、ちゃんと分かってるよね!
肝心の詩織さんは、一度もこちらの様子を気にするころなく、普通に私たちを居間へ案内する。
広々としたバーカウンター付きの広間の向こうには、純日本風庭園が広がっていた。
「やぁ、いらっしゃい。颯斗く……ん?」
ロマンスグレーのキュッと引き締まった体格のいい初老の男性は、私を見たとたん、明らかな不快の表情に顔を歪めた。
佐山CMOの隣で、私は深々と頭を下げる。
「先日オークション会場で佐山CMOと三上恭平のカップを競い合い、泣いて逃げ出した者です」
「あ? あぁ、そうですか。やぁ颯斗くん。お久しぶりだね」
詩織さんのお父さまは速攻で私を無視して、佐山CMOににっこにこの笑顔ですり寄った。
だがそんなお父さまにもCMOは負けていない。再び肩に手を乗せると、グイと引き寄せた。
「紗和子さんはうちの社員で、三上氏の実のお孫さんだったんですよ」
まだ恋人設定を諦めていない往生際の悪さに、思いっきり足を踏んづけておく。
「いった!」
「あの、宇野さん! 突然お邪魔するような形になって、申し訳ございません。あのカップは私と祖父の思いでの品だったので、どうしてももう一度だけ、一目見たいと佐山CMOにお願いして、こちらにお邪魔させていただきました。少しだけでも見せていただければ、すぐに帰ります」
「颯斗くん。最近家に顔出してくれないもんだから、心配していたんだよ。調子はどう? まぁこっちに座ってよ」
くそ。このオヤジ、私のことは完全無視だ。
ソファに座るよう促されている佐山CMOが、私の手を握り道連れにしようとするのを、ガツンと振り払う。
彼はそのままオヤジに連れられると、愛想笑い全開でゆったりとしたソファに深々と腰を下ろした。
それでいい。
だけど、あれ?
肝心の詩織さんは?
ふと部屋を見渡すと、彼女はバーカウンターの一角で淡々と紅茶を淹れていた。
彼女のお父さまはうきうきで佐山CMOに話しかけているのに、これってどういう状況?
てゆーか、カップは?
もしかして佐山CMOを自宅に呼びつけたかったのは、詩織さんの方じゃなくて、このオヤジの方なの?
華奢なティーカップにいれられた、琥珀色のお茶が爽やかな香りを放っている。
それを詩織さんは佐山CMOとお父さまの前にだけ置くと、自分と私の分はバーカウンターに用意した。
「どうぞ。紗和子さんもこちらへ」
んんん?
これは、どう判断すればいいの?
どうみたって詩織さんの表情は重く暗い。
大好きな彼がうちに遊びにきて、実の父親と談笑しているのを、喜んでいる彼女なんかでは決してない。
詩織さんは、紅茶を用意した席に私が着くのを待つことなく、庭を眺めながら独りで黄昏れている。
もしかして、私の方が佐山CMOに騙されてる?
詩織さんは退屈そうに、添えられたクッキーを紅茶に浸した。
彼女と佐山CMOが付き合ってるっていうのは、ウソだ。
女としての直感が、私にそう告げている。
だとしたら、どう振る舞うのが正解?
申し訳ないが、私の目的は佐山CMOの援護ではなく、カップを探し出すこと。
ただそれだけだ!
「ね~えぇ、颯斗さぁ~ん?」
作戦変更。
可能な限り、甘ったるい大きな笑顔を作って、佐山CMOをくるりと可憐に振り返る。
驚きを隠せない彼の隣にドサリと無遠慮に腰を下ろすと、その腕に自分の腕を絡めた。
「早くおじいちゃんのカップが見たぁ~い!」
態度を急変させた私にとまどいつつも、佐山CMOは演技たっぷりの引きつった笑顔をこちらに向ける。
「あぁ、そうだねぇ紗和子! 俺も早くおじいちゃんのカップが見たいなぁ」
完璧な棒読み。
もうちょっとちゃんとして。
「だよねー、はやと♡」
「ねー紗和子♡」
私は彼のほっぺたを人差し指でつんとつつく。
この状況なら、佐山CMOとラブラブであることを演出した方が、さっさと隠し場所を白状して私を追い払おうとするに違いない。
案の定、オヤジの態度が変わった。
「あぁ、すみません。三上恭平氏のお孫さんがいらっしゃるとお伺いしていれば、こちらの準備もよかったんですけど」
やっぱりそうだ。
佐山CMOと詩織さんをくっつけたいのは、お父さんだ。
「いえ。紗和子と一緒に突然押しかけたのは、こちらの方ですから。お気になさらず」
そう言つつも、佐山CMOは私の頬ゆっくりと撫でた。
私はうっとりと目を細めてみせる。
「では、彼女の分の食事も用意をさせますので、もう少しお待ち下さいね」
は? 食事? そんなの聞いてない。
絡めた腕の下から見えないように、ぎゅっと添えた手に力を込める。
佐山CMOの眉がわずかに歪んだけれども、そんなことは気にしない。
「カップをなくされたってお聞きしたんですけど」
「えぇ、そうなんです」
オヤジは圧倒的な威圧感で、私を見下ろした。
なにそれ。話が違うくない?
私は恋人役はしないって、はっきり言ったよね。
怒りに任せにキッと振り返った。
佐山CMOの顔は引きつっている。
さっきのセリフだって若干裏返っていたけど、自分がいま事前の約束を反故にして、おかしなことやってるって、ちゃんと分かってるよね!
肝心の詩織さんは、一度もこちらの様子を気にするころなく、普通に私たちを居間へ案内する。
広々としたバーカウンター付きの広間の向こうには、純日本風庭園が広がっていた。
「やぁ、いらっしゃい。颯斗く……ん?」
ロマンスグレーのキュッと引き締まった体格のいい初老の男性は、私を見たとたん、明らかな不快の表情に顔を歪めた。
佐山CMOの隣で、私は深々と頭を下げる。
「先日オークション会場で佐山CMOと三上恭平のカップを競い合い、泣いて逃げ出した者です」
「あ? あぁ、そうですか。やぁ颯斗くん。お久しぶりだね」
詩織さんのお父さまは速攻で私を無視して、佐山CMOににっこにこの笑顔ですり寄った。
だがそんなお父さまにもCMOは負けていない。再び肩に手を乗せると、グイと引き寄せた。
「紗和子さんはうちの社員で、三上氏の実のお孫さんだったんですよ」
まだ恋人設定を諦めていない往生際の悪さに、思いっきり足を踏んづけておく。
「いった!」
「あの、宇野さん! 突然お邪魔するような形になって、申し訳ございません。あのカップは私と祖父の思いでの品だったので、どうしてももう一度だけ、一目見たいと佐山CMOにお願いして、こちらにお邪魔させていただきました。少しだけでも見せていただければ、すぐに帰ります」
「颯斗くん。最近家に顔出してくれないもんだから、心配していたんだよ。調子はどう? まぁこっちに座ってよ」
くそ。このオヤジ、私のことは完全無視だ。
ソファに座るよう促されている佐山CMOが、私の手を握り道連れにしようとするのを、ガツンと振り払う。
彼はそのままオヤジに連れられると、愛想笑い全開でゆったりとしたソファに深々と腰を下ろした。
それでいい。
だけど、あれ?
肝心の詩織さんは?
ふと部屋を見渡すと、彼女はバーカウンターの一角で淡々と紅茶を淹れていた。
彼女のお父さまはうきうきで佐山CMOに話しかけているのに、これってどういう状況?
てゆーか、カップは?
もしかして佐山CMOを自宅に呼びつけたかったのは、詩織さんの方じゃなくて、このオヤジの方なの?
華奢なティーカップにいれられた、琥珀色のお茶が爽やかな香りを放っている。
それを詩織さんは佐山CMOとお父さまの前にだけ置くと、自分と私の分はバーカウンターに用意した。
「どうぞ。紗和子さんもこちらへ」
んんん?
これは、どう判断すればいいの?
どうみたって詩織さんの表情は重く暗い。
大好きな彼がうちに遊びにきて、実の父親と談笑しているのを、喜んでいる彼女なんかでは決してない。
詩織さんは、紅茶を用意した席に私が着くのを待つことなく、庭を眺めながら独りで黄昏れている。
もしかして、私の方が佐山CMOに騙されてる?
詩織さんは退屈そうに、添えられたクッキーを紅茶に浸した。
彼女と佐山CMOが付き合ってるっていうのは、ウソだ。
女としての直感が、私にそう告げている。
だとしたら、どう振る舞うのが正解?
申し訳ないが、私の目的は佐山CMOの援護ではなく、カップを探し出すこと。
ただそれだけだ!
「ね~えぇ、颯斗さぁ~ん?」
作戦変更。
可能な限り、甘ったるい大きな笑顔を作って、佐山CMOをくるりと可憐に振り返る。
驚きを隠せない彼の隣にドサリと無遠慮に腰を下ろすと、その腕に自分の腕を絡めた。
「早くおじいちゃんのカップが見たぁ~い!」
態度を急変させた私にとまどいつつも、佐山CMOは演技たっぷりの引きつった笑顔をこちらに向ける。
「あぁ、そうだねぇ紗和子! 俺も早くおじいちゃんのカップが見たいなぁ」
完璧な棒読み。
もうちょっとちゃんとして。
「だよねー、はやと♡」
「ねー紗和子♡」
私は彼のほっぺたを人差し指でつんとつつく。
この状況なら、佐山CMOとラブラブであることを演出した方が、さっさと隠し場所を白状して私を追い払おうとするに違いない。
案の定、オヤジの態度が変わった。
「あぁ、すみません。三上恭平氏のお孫さんがいらっしゃるとお伺いしていれば、こちらの準備もよかったんですけど」
やっぱりそうだ。
佐山CMOと詩織さんをくっつけたいのは、お父さんだ。
「いえ。紗和子と一緒に突然押しかけたのは、こちらの方ですから。お気になさらず」
そう言つつも、佐山CMOは私の頬ゆっくりと撫でた。
私はうっとりと目を細めてみせる。
「では、彼女の分の食事も用意をさせますので、もう少しお待ち下さいね」
は? 食事? そんなの聞いてない。
絡めた腕の下から見えないように、ぎゅっと添えた手に力を込める。
佐山CMOの眉がわずかに歪んだけれども、そんなことは気にしない。
「カップをなくされたってお聞きしたんですけど」
「えぇ、そうなんです」
オヤジは圧倒的な威圧感で、私を見下ろした。