埃っぽさが残る教室に、窓から差し込む光が宙を待っている埃を浮き彫りにする。

 決していいことではないが、少しだけ幻想的でその様子は美しい。

 誰もいない教室。今朝は、緊張のあまり早起きをしてしまったせいで、恭太と早くに学校に到着してしまった。
 
 自分の体よりも、ワンサイズ大きい着慣れない新品の紺色のブレザーに身を包み、黒板に貼り出された自分の席と書かれている椅子に着席する。

 今日は、待ちに待った入学式当日。多くの同い年たちが、希望に満ち溢れた1日を迎えようとしていた。

 僕の席は窓側の前から2列目の席だった。少しずつ校舎へと足を進めてくる生徒たちが見てとれる。

 当然、今日は入学式なので、この時間に登校してくるのは新入生しかいないはず。

 みんな僕と同じように、顔に緊張が走り、ぶかぶかの制服に身を包んでいる。

 "制服に着せられている"と言った方が的確かもしれない。

「はぁ、緊張する。誰も来ないし・・・」

「本当に誰も来ないよね」

「はい。誰か来てくれたら・・・」

 パッと隣を見ると、見知らぬ女の子が僕の隣の席に座っていた。

「ん? どうしたの?」

「えっ、えっ、そのいつからいたんですか?」

 驚いた拍子に机の上に置いていた筆記用具が床へ落ちていく。

 "カシャンカシャン"

 無機質な音が床に反響する。バラバラに散らばった筆記用具。

「んー、5分くらい前かな?君が窓の外を眺め始めたくらいからいたんだけど、気がつかなかったんだね」

 5分間も僕は外を眺めていたのか。いや、それよりも彼女に気が付かなかった僕は、どうかしているのか。

「そ、そのあなたは5分間何をしていたんですか・・・」

「んー? ずっと君を見てたけど?」

 思わぬ回答に胸がドキッと音をたてる。これまで色恋沙汰がない僕には、少々刺激の強すぎる言葉。

「ど、どうして僕を?」

「全然私に気が付かないのが面白くて、いつになったら気付くのかな〜って」

 遊んでいる。間違いなく彼女は、僕を面白がっている。

 ちょっとだけ悔しい気もするが、意外と悪くはないかもしれない。

「全く気が付かなかったよ」

「だろうね。ところで、君の名前は?」

「僕は佐藤真也。あなたは?」

「私は桜庭姫花。よろしくね、真也くん」

「よろしく、桜庭さん」

「だめ、姫花って呼んで!」

「ひ、姫花さん」

「ま、それでいっか!」

 これが僕と彼女の出会いだった。ありふれたごく普通の日常の1ページが、ゆっくりと僕の頭の中で捲られていく。

 大好きだった本を再読するように、懐かしみながら丁寧に思い出をひとつずつ思い出して...