もうすぐで別れ道がやってくる。できるなら、2人きりの時に想いを伝えたかった。

 恭太は優しいから間違いなく僕に謝ってくるだろう。

 "気付けなくてごめん"と。気付けなくて当然なんだ。ずっと恭太に隠して育ててきた想いなのだから。

 民家の塀の上を2匹の猫が仲睦まじく、追いかけっこするように走っている。

 まるで、恋する男性が意中の女性の背中を追うように。もしかしたら、反対かもしれないが...

「それじゃ、春休み遊ぼうぜ!」

「うん! どこ行こうね3人で!」

 2人の会話が僕の耳にまで届いてくる。

 別れがそこまできている。この場を逃したら、僕は彼女に想いを告げることができなくなってしまうだろう。

 僕の恋に終止符を打つタイミングとして最適な場面は今以外ない。

「あ、あのさ・・・」

 神妙な面持ちで彼らに話しかけてしまったことを後悔した。

 笑みがこぼれ落ちるように見える2人の顔。

 僕の表情を見て真面目な話だと察したのか、2人の顔にも緊張感が漂い始める。

「どうした、真也」

「実は・・・」

「ねぇ、恭太」

「うん?」

 僕の言葉を遮るように、彼女の言葉が僕らの間に響く。

「私、実は恭太に黙っていたことがあるの」

「え、なに」

 ここにきて彼女も爆弾発言をするつもりなのだろうか。勘弁してほしい。これ以上空気を...

「今は恭太が大好きよ。でもね、恭太と付き合う前は真也くんが好きだった」

「・・・・・」

「・・・・・」

 予想外の彼女の発言に場が凍りつくように感じた。

 嬉しい。嬉しいけど、怖くて隣にいる京太の顔を見ることができない。

「今更かよ!」

 高笑いしながら話す声が僕の隣から聞こえてくる。何年も一緒にいるが、こんなに笑っている恭太を僕は見たことがない。

「今更って?」

 恐る恐る恭太に尋ねる。

「俺、知ってたよ。姫花が真也のこと好きなことくらい・・・」

 「え、だったらどうして?」と僕が聞く前にその答えは返ってきた。

「でもさ、真也は姫花のこと好きじゃなかっただろ?」

 その言葉が僕を突き落とした。恭太には、そのように見えていたのか。

「ぼ、僕は・・・」

「真也くんったら、なんでそんなに泣きそうなの?」

「真也は優しいから、姫花の気持ちに応えられなかったのを悔やんでいるのかもな」

 違う...違うんだ。僕は、バカだった。初めから僕らは両思いだったんだ。

 僕が、彼女の気持ちに気付いてさえいれば、こんな結末になることはなかった。

 悔やんでも悔やんでも、今更もう遅い。

 彼女は僕が手を伸ばしたら届く位置にいるが、僕はそこまで手を伸ばすことはできない。

 彼女は僕の親友の彼女なのだ。好きだと伝えたい。

 伝えたいけど、伝えてしまったらきっと僕らの長年築き上げてきた友情関係にヒビが入ってしまうだろう。

 迷っている間にも時は流れ、僕たちを置き去りにしていく。

 決めた。僕は彼女に想いを告げる。

「ひ、ひめ・・・」

 シーっと唇に指先を当て、こちらを見てくる彼女。恭太は僕を見ているためか、彼女の様子には気付いていない。

「そろそろ私は帰るね。2人と過ごせて本当に楽しい3年間だった。ありがとう。真也くん、さようなら」

 彼女は笑っていた。振り向き様に彼女の目からキラキラしたものが、こぼれ落ちていくのを僕は見逃さなかった。

 背筋の伸びた背中が、太陽を目指すかのように一直線へと歩いていく。

「俺らもそろそろ帰るか!」

「恭太」

「ん?」

「今日で高校生最後なんだから、最後くらい家まで送っていってあげなよ。彼氏でしょ?」

「いや、でも俺は真也と・・・」

「僕はいいからさ、姫花のところに行ってあげてよ。きっと卒業するのが悲しくて泣いてるかもだし、慰めてあげて。お願いだよ」

「わかった。真也も気をつけて帰れよ!」

「うん」

 彼女の元へと走っていく親友の背中を見えなくなるまで見守る。

 分かってしまった。彼女は僕の想いに気付いていたんだ。

 気付いていたから、僕が告白するよりも先に彼女が「僕を好きだった」と告白をしたんだ。

 全て僕と恭太の仲を悪くさせないように...

 彼女は僕のために最後まで...

 アスファルトに一つ二つと染みが増えていく。雨が降ってきたのかというくらい一部分だけ、黒く染まってしまう。

 頬を温かい何かが伝っていく。最後まで僕は彼女に助けられてしまった。

 「さようなら」と別れの言葉を残して、彼女は桜と同じような儚げな美しさを纏っていた。

 僕の初恋は想いを告げることなく、彼女の優しさの前に消えてしまった。

 頬を伝う涙が口の中へ溶けてゆく。

 あぁ、しょっぱい。僕の初恋はレモンの甘酸っぱさやチョコレートのような甘さではなく、ただただしょっぱく後味の悪いものだった。