「……優しいだけじゃ、弱いだけだと思います……」
優しさが弱さだとは言わないけれど、それが強さとも思えなかった。
美也は再び膝に顔をうずめる。
榊がどんな顔をしているかわからないが、聞こえてきた声は優しかった。
「美也の答えは、美也が出すものだ。考えても同意出来ない意見に従う必要はないが、知っただけで拒絶反応が出るものでない限り、食わず嫌いはしないほうがいいと思うぞ?」
「……知っただけで拒絶、ですか……?」
また少しだけ、美也が顔をあげる。
「中にはあるものだよ。魂や本能が、それに近づかせまいと体に異常を起こして、それに触れさせないようにすることが。そういった、本能がやめろと警告するものには近づかないほうがいい。俺のさっきの話は、聞いていやな気分になったりしたか?」
「……いえ、ただ、そんなんじゃないって思っただけです……」
理由も根拠もない。ただ、美也はそれを認めることが出来なかった。
「……俺が普通の人間なら、そんな家捨てて俺のところへおいでって、言えるのにな……」
ふと、榊が口の中で消えるように何かを言った。
美也の耳には、榊がぶつぶつ言った程度にしか聞き取れなかったので、「榊さん?」と見上げた。
すると榊は、「なんでもないよ」とほほ笑んだ。
「俺があげたものを美也が宝物だと言ってくれて、嬉しかったんだ。代わりのないものだ、と」
「そ、それは……本当のことですし……」
そう、だからあの鏡を取り返さなくちゃいけないんだ。
優しく笑む榊が眩しすぎて、美也は目を逸らした。
「美也がやろうとすることを止めるつもりはないよ。でも、美也が危険な目に遭うのは俺が嫌だから、自分を危険にさらしてまで取り返そうとはしないでほしい。美也があの鏡に代わりはないと言ってくれたように、俺には美也の代わりがいないから」
「………」
榊の言葉を聞いて、美也は胸のあたりがあたたかくなるのを感じた。
もう奏の部屋に特攻する勢いでやるしかないと思っていたところだった美也。
自分のことを大事にしろというありふれた言葉でも、榊にもらうと、その通りにしないといけないと思った。
自分が榊を悲しませるなんて、絶対にいやだ。
「うん……突撃はしないでおきます。榊さん、私が怪我したら嫌ですもんね」
照れ隠しにそう言えば、榊は砂糖でも纏っているんじゃないかというくらい甘い笑顔を見せた。
「その通りだ。わかっているじゃないか、美也」