「どうした? 呆けた顔をして。間抜けだぞ」
からかうように言ってきたその顔は。
「さかき、さん……?」
「ああ」
だが、その恰好は。
「な、なんで男子の制服着てるの……?」
「俺が女生徒の制服を着ていたら問題だろう」
そういう問題ではない。何故榊がここにいるのかが問題なのだ。
榊は、当然のように美也の隣に腰をおろした。
「さかきさん……」
「先に言っておく。謝るな。……昨日、変な女が鏡に映った。あれ、お前の従姉だろう」
びくっと、美也の肩が揺れた。
「それでお前に何かあったと思って潜入してきた」
真剣な眼差しで言われて、美也は唇を噛んだ。
「あ、怒ってないからな? ただ……美也が心配だっただけだ」
榊の声が揺れている。
心配だったと、美也を案じて、学校に乗り込むなんてことまでしてくれる人。
――一人じゃない。榊はいつだって、そう教えてくれる。
中学生の制服を着ている大人の容姿の榊なのに、美形すぎる点以外不思議なところはなかった。
だが、今の美也の精神状態ではそこまで気が回らない。
膝を抱える美也に、榊は気づかわし気に言う。
「鏡なら、別のものを美也に渡せる。準備に少し時間はかかるが……」
鏡。説明するまでもなく、榊は知っていた。
代替品を、そう言われて、美也は唇を噛んだ。
「あれじゃないといけないんです」
「……いけない、とは?」
榊が訊いてくる。美也は、少し膝から額を離した。
「あれは、私が榊さんからもらった宝物です。あの鏡がいつも、私を榊さんのところへ連れて行ってくれました。だから……代わりがほしいわけじゃないんです。あの鏡が、私に必要なんです」
何ものにも替えがたい、宝物だった。
だから返してと言えなかった、行動出来なかった自分が腹立たしいし、情けない。
情けなさで唇を噛み切ってしまいそうだ。
「……取り返す気か?」
榊は静かな声で尋ねる。