名前を呼びたかった。美也の、一番の味方。勇気の源みたいな人。
「ごめ……」
ごめんなさい。榊さんがくれた、私の宝物……あんな人に盗られてしまった。追いかけすら出来なかった。今も、涙で視界がにじんで、勇気が奮い立たない。返して、それは私のもの。私が元気になる、約束のあかし。
なのに。
……こんなにも自分は、弱かったのか。
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翌日、美也は朝から何度も奏に声をかけようとした。
鏡を返してください。大切な人からもらったものなんです。そう、言おうとして。
だが、奏を前にすると、おじやおばがいると、足が震えてしまって言葉が出てこなかった。
……自分はもっと、強い人間だと思っていた。
沈鬱な表情のまま、美也は中学校へ行くことになってしまった。
その様子に友達からも心配されたが、榊のことは誰にも言っていないので、話す気持ちにもなれなかった。
榊のことは、誰にも言いたくなかった。
幼い美也を救ってくれた、神様みたいな人。
昼休み、美也は裏庭の影で、ひとり膝を抱えていた。
どうやって取り返そうという考えには未だなれず、ただ、榊に申し訳ない、どう謝ればいいだろう、どうして私はこんなの優柔不断で弱いのだろうと、ひたすら自分を責めていた。
「……こんな私、いる意味あるのかな……」
かつて、命を否定される言葉を投げ掛けられた。
あのとき救ってくれたのが榊ではなかったら、命があったとしてもずっと死んだように生きていただろう。
ぐすり、と涙が浮かんできた。
榊とは、あの鏡を介して会話する以外には、学校から家への道のりでたまに会うこともあった。
いつも着物姿で、年齢不詳で、何をしているのかも不詳な人だったけど、助けてもらったことがあるからか、安心という気持ちを教えてくれた人でもある。
そして、一番安心する人でもあった。
「美也、何をしている」
名前を呼ばれて、美也は不思議に思いつつ顔をあげた。
男の声だったからだ。
美也に、下の名前で呼ばれるほど親しい男友達はいない。
顔をあげた先にいたのは――
「え……」