目の前で人が死ぬなんていやだ。それが、ずっと一緒に暮らしてきた人なら、なおさら。

奏を抱きしめながら肩を震わせる美也を見て、榊はつぶやく。

「……あの家とは絶縁させた方がいいと思っていたが、美也の気持ちもそう簡単ではないようだな」

「ええっ、巫女さまにいじわるする人たちと一緒にいるなんて、ぼくいやですっ」

抗議の声をあげた開斗の頭を、榊がむんずと掴んで黙らせた。

そのとき。

「――善(よ)き魂に育ったの、我が子孫よ」

ぱあっと、雨雲で覆われた空から一筋の光が降り注いだ。同時に雨もやんでいく。

その光はまっすぐ美也に向かっておりてきて、人の姿を形作った。

「え……」

奏の前に膝をついていた美也は、驚きに顔をあげた。

「やっと起きたのか、お前」

榊は吐き捨てるように言う。

光が作った人の姿に色がついて、さん……っと光は消えた。

そこに立っているのは、着物姿にゆるく波打つ長い黒髪、金色の瞳をした美貌の女性だった。

「あなたは……」

美也は、その人が知っている人のような感覚がしていた。でも、その姿に見覚えはない。

女性が、美也の隣に膝をつく。着物姿では草原で汚れてしまうだろうに、気にしていないようだ。

そして両手で美也の頬を包んで、慈しみの眼差しを向けてきた。

憶えのある顔、目、手……だが、この人が誰とは美也にはわからない。

女性は、そうだな……と口を開いた。

「美也の……婆(ばば)とでも呼んでおくれ。我が子孫よ」

婆、なんて年齢には到底見えない。だが、

「子孫って……もしかして、天界の龍神様、ですか……?」

知らない人のはずなのに、見覚えがある。どこか、美也の知らない場所で会ったことがあるような感覚。女性は心底嬉しそうな顔をした。

「おお、憶えてくれておったか。嬉しいことよ。今まで辛い思いをさせてすまぬ。天界が地上の人間に介入することが、今は禁忌となってしまっておっての。じゃが、我が子孫が心配でこうして来てしまった」

いい子いい子、と女性が美也を撫で繰り回す。

すると榊が半眼で女性を見た。

「大丈夫か、お前」

どういう意味の心配かは美也にはわからなかったが、女性は「なに」と特別気にしていないようだ。