「え………」
指先に触れていたはずの水滴もついていない。
(蒸発……した……?)
そう思っても、特殊な装置がある研究機関でもなんでもない場所で、そんなことが起こるわけがないともわかっている。
呆然としているうちに、階段をあがってくる足音がした。
「美也が盗ったのよ! あたしのドレッサー水浸しにしてまで!」
「まったく……」
奏と、おじの声だ。
「おい美也、お――うん? どこ水浸しだって?」
「あたしのドレッサーの引き出しよ!」
「どこもないじゃないか……って、掃除させたのか。んじゃあそこはもういいだろう。で? 美也が盗ったのか?」
おじは、実に面倒くさそうに聞いてくる。
美也はまだ水が消えた怪奇現象の驚きから脱せずにいたが、
「いえ……」
とだけ、答えた。
「美也の部屋でも確認すればいいだろう」
「……っ、し、したわよ! でもないの!」
「ええー……それじゃ美也が盗ったんじゃなくて、泥棒でも入られたってことじゃないか。ちょっとほかの物確認してくる。ほかに盗られた物があったら警察呼ぶから」
「そ、そうよ。そうして」
奏は自分の父の行動を止めようとはしなかった。
「ふん、警察が来たらあたしより詳しく調べて、あんたが盗ったってわかるわ」
「………」
それは前提、鏡以外にも盗られたものがないと、おじは通報しないような言い方をしていた気がするが、理由がある。
もともと奏は物をなくしやすく、美也が盗ったんだと騒ぐことは珍しくなかった。
そしていつも、奏の持ち物や部屋から出てくるのだ。
そのため、おじもおばもまたか、という態度で、こういった件に関して奏の言うことを鵜呑みにしないようになっていた。
美也はどうすればいいか迷ったが、この場ではもうやることがないから部屋を出ることにした。
それから自分の部屋を片付けるのは少し待とうと決める。
おじが再び二階にやってきて、美也の部屋を見せろと言ってきたとき、奏がひっくり返したあとを見せるのは、ここまで探されてもなかったという証拠のひとつになるかもしれないと考えたからだ。
持ってきた掃除道具を、何も拭かないまま持って戻る。