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奏が話の通じる相手ではない、と言うよりは、美也の話を聞く人ではないので、どう話しかければいいのかで美也は難儀していた。
帰宅し、一通りの家事炊事を終えて、美也は自室にいた。
いつもやることとしては、愛村の三人があがったあと、最後に風呂に入るだけだ。
(う~……)
ひたすらうなる声しか脳内に浮かばない。
今まで反論してこなかったことの弊害だろうか。
「美也! なんてことしてくれんのよ!」
いきなり、美也の部屋のドアをバタンと開けて怒りの形相の奏が姿を見せた。
「え……?」
なんてこともなにも、美也は鏡を返してと声をかけてすらいない。
「あの鏡があったとこに水仕込んで盗ってったのあんたでしょ!」
「……え?」
水を仕込んで盗ってった? いや、美也から鑑を盗ったのは奏の方だ。
「どういう……ことですか?」
「しらばっくれる気!? 自分で見なさいよ!」
そう言うなり、奏は美也の腕を掴んで自分の部屋に連れてきた。
美也が見せられたのは、ドレッサーの一番上の引き出しの一角。
確かに、美也の鏡が入るくらいのスペースが水浸しになっている。
「え……なに、これ……」
美也はこんなことをしていないし、知らないのだから素直な反応だった。
「あんたがやったんでしょ!?」
「ち、違います! こんなことしてないし、とってないです!」
「仕返しが陰険。あんたはそこ掃除しな。あと、鏡も返しな」
「そんな……わ、私こんなことしてないです。お掃除をするのはいいですけど、鏡を持ってはいません」
この綺麗なドレッサーを水で汚してしまうのは、持ち主が奏といえど可哀そうだったので掃除することは断ることではなかった。
というかむしろ、奏は自分ではろくな掃除も出来ないだろうから、このドレッサーが傷んでしまうだけで可哀そうなのはドレッサーだった。
「まだ言うか……っ。じゃあ、部屋、見せられるわよね?」
「もちろんです。後ろめたいことなんてないですし、奏さんの納得がいくまで調べてください。その間私がここのお掃除するか、私も部屋に立ち会うか、奏さんが決めてくださって結構です」