翠鈴を皇后へ推挙するとの家臣からの進言を受けて開かれた評議の場は、白熱した議論が交わされていた。

「翠鈴妃さまは、後宮の妃たちにも慕われているご様子、妃たちに皇后さまを選ぶ権利はないが、実際に後宮を取りまとめられるのは皇后さま。彼女たちの意見は重んじるべきかと」

「ですが皇后さまは、場合によっては、政にも携わることのあるお立場です。それだけでは……」

 玉座に座る劉弦にとっては、概ね予想通りの展開だった。
 皇后は、国にとって常に設けられているものではない。龍神である皇帝と人の子である妃の間には、生きる期間に差があるためだ。だが国の安定のためにはいた方がいいのは事実だった。
 民に慕われる皇后と、世継ぎがいれば民は安心する。だからこそ皇帝の寵愛のみで決めるわけにいかないのだ。多数の家臣の了承を得ることが決められている。

「陛下、陛下のご意見を伺いたく存じ上げます」

 意向を尋ねられた劉弦はちらりと黄福律に視線を送る。彼は気持ち悪いくらいに無表情だった。
 とりあえず劉弦は自らの思いを口にする。

「私は、私の皇后に翠鈴妃を所望する。彼女には他者を思う心がある。これこそが皇后にとってなくてはならぬものだ」

 その言葉に、ある者は納得し、ある者は懐疑的な表情になる。黄福律は相変わらず眉ひとつ動かさなかった。
 ある家臣が心配そうな表情で口を開いた。

「ですが、言い伝えでは翡翠の手の使い手であり宿命の妃とされる方が皇后になられれば国が栄えるとあります。そうではない方が皇后さまになられると、民が不安になりませぬか?」

 翡翠の手の使い手は皇帝にとって必要不可欠な存在だというのがこの国の常識で、だからこそ華夢が皇后になることが当然とされてきた。

「宿命の妃か……。黄福律、そなたの意見は?」

 劉弦が水を向けると、彼はしばらく沈黙してから口を開いた。

「お世継ぎをお生みになられる翠鈴妃さまを皇后さまにと推す者がいるのは道理にございます。ですが翡翠の手の使い手が陛下のおそばにいられなくては民は不安がりましょう」

「翡翠の手の使い手、……華夢妃のことだな」

 劉弦が確認するように言うと、彼は劉弦の目をじっと見て頷いた。

「私どもの家に伝わる古文書には、代々翡翠の手は黄家の娘に引き継がれる、歴代皇帝の皇后さまは皆翡翠の手をお持ちだったとあります」

 彼の言葉に、何人かの家臣がヒソヒソと囁き合う。

「やはり、前例通りにいくのがよいのでは?」

「ご寵愛はまた別だ」

 彼らをちらりと一暼し、黄福律が挑むように劉弦を見た。

「むろん、陛下のお気持ちを第一に考えるべきにございますから、ご寵愛の深さのみに従って皇后さまをお決めになられたとしても、臣下としては従うしかござません」

『寵愛の深さのみ』という部分に力を込めて、わざと挑発するように彼は言う。民を不安に陥れ国を乱しても自らの思いを貫くのかと、暗に言っている。
 皇帝に向かって宰相が不遜とも取れる言葉を口にしたことに、その場の空気が凍りつく。家臣たちが不安そうにふたりを見比べた。
 劉弦はため息をついた。

「民を不安にしてまでも私は結論を急ごうとは思わぬ。この議題は後日へ持ち越す」

 今出せる結論を出し、劉弦は立ち上がり家臣を見回した。

「だが、翠鈴妃を皇后にという私の思いは変わらぬ。彼女は皇后に相応しい唯一の女人だ。いずれはそなたたちも、それを認める時がくるだろう」

 そう宣言する劉弦を、黄福律が鋭い目で見ていた。